凄惨な虐待事件とはどう向き合う? 子どもの未来を考えさせられる社会派ミステリー小説

文芸・カルチャー

2019/2/23

『救いの森』(小林由香/角川春樹事務所)

 千葉県の野田市で起きた10歳女児死亡事件はSOSを出した子どもに救いの手が差し伸べられず、行政の対応にも厳しい批判が相次いだ。だが、これは氷山の一角だ。児童虐待事件は家庭という閉鎖的な空間で行われるため、明るみになりにくく、児童相談所の介入だけでは解決することが難しい場合が多い。

 そんな悲しい現状にスポットを当て、どうすれば子どもの未来を守れるのかを考えさせてくれるのが『救いの森』(小林由香/角川春樹事務所)である。

 本作にはいじめや虐待、誘拐などから子どもの命を守るため、「児童保護救済法」が制定され、児童救命士が活躍する世界が描かれている。

■救いの手を拒絶する理由に愕然

 主人公の長谷川は、新米の児童救命士。日頃から世間を騒がせる凄惨な児童虐待ニュースに強い憤りを感じており、子どもたちの命を守りたいという使命感に駆られていた。

 そんな長谷川はある日、パートナーである新藤敦士と共に小学校で「ライフバンド」の検査を行うことに。「ライフバンド」とは、児童保護救済法の施行後に義務教育期間に当たる6~15歳の児童への装着が義務付けられたバンドのこと。

 子どもたちはいじめや虐待などで身の危険を感じた時、「ライフバンド」についている蓋を開け、指紋認証スキャナに親指を密着させるように教えられている。こうすれば、児童救命士がGPS機能で居場所を特定し、駆けつけてくれるのだ。

 また、指紋認証スキャナに2度親指を当てると、けたたましいサイレン音が鳴り、相手を威嚇できる。サイレン音を聞きつけた大人は児童に声をかけて保護することが推奨されており、保護に協力すると国から1万円の報奨金が貰えるという仕組みにもなっているのだ。

 長谷川はライフバンドのこうした仕組みを小学校で説明しつつ、子どもたちに指紋認証スキャナに1回だけ親指を当ててもらい、検査を行っていた。しかし、その時に指紋認証スキャナに2回親指を当て、サイレンを鳴らす少年・須藤誠と出会う。

 はじめ、ただのイタズラだと思った長谷川は苛立ちを覚えたが、後に実は誠が要救済者であることが判明。誠の苦しみを理解したい長谷川は理由を尋ねるが、彼は頑として話そうとしない。

「ライフバンド」で助けを求めたにもかかわらず、なぜ誠は差し伸べられた救いの手を拒絶しようとするのか。その理由や彼が本当に守りたかったものを知った時、あなたはきっと作中で描かれている「児童保護救済法」の奥深さと難しさを噛みしめることになるだろう。

 本作には誠のように、声に出せない子どもたちのSOSが全4章にわたって綴られている。これは単なる小説ではなく、現代の子どもたちが抱える闇を訴える問題提起本でもあるのだ。

■ひとりひとりが児童救命士を目指せる世の中を

 いじめや虐待などで苦しんでいる子どもたちを助けられる最良策は、一体何なのだろう。本作を読んでいると、そんな想いに駆られる。

「ライフバンド」以外に、子どもの命を守るための法律や仕組みも整っている本作の世界は一見、とても画期的に思えるだろう。例えば、親の元へ帰りたくないと決断した保護児童は「児童親権選択法」によって、親を捨てる権利を行使できる。親から離れた後は、国費で高等な教育が受けられる「国家保護施設」にて育てられるため、金銭的な心配もしなくてよい。これは確かに幸せな児童救済法のように見える。しかし、それでも100%完璧に子どもたちが幸せになれるかと言われたら、疑問が残ってしまう。

 なぜなら、どんなにひどい親でも親は親だからだ。暴力を振るう親に追いすがり、泣きつく子もいる。それは小説の中だけの話ではない。現実社会でも同じだ。どれだけ心身を傷つけられようと、その子にとって親はたったひとりしかおらず、親と共に生活することに幸せを見いだしてしまっていることもあるのだ。

 そのため、「子どもを救うには何が正しいのか」の答えは、誰にも分からない。実際に苦しんでいる子どもを見ても、どう対処していいのか分からなくなってしまうこともあるだろう。だが、「どんな方法を選択したとしても、大人になるまで生き抜くことが一番大切だ」と子どもたちに伝え、必要な時に救いの手を差し伸べていけたら、悲しい現状を少しずつ変えていくことはできるはずだ。

 本作に出てくる児童救命士になる覚悟で、子どもたちを見守ること。それこそが今の日本には必要なように思える。私たちは苦しんでいる子どもたちの「生きたい」という想いと向き合えているのだろうか。

 そう考えさせてくれる本作は現在、いじめや虐待を受けている子どもにとっての救済本にもなるだろう。

 これ以上、子どもたちが苦しい思いをしなくてもいいような世界を作れるかどうかは、私たち大人の手にかかっている。

文=古川諭香