「もう二度と恋愛小説は書かない」と西加奈子を打ちのめした、究極のラブストーリーとは?

文芸・カルチャー

2019/3/10

『あられもない祈り』(島本理生/河出書房新社)

『サラバ!』などの著作で知られるあの大人気作家・西加奈子氏を打ちのめし、「もう二度と、恋愛小説は書かない」「この世界にこんな凄まじい恋愛小説があるのなら、私は書けない。書く必要はない」とまで思わせた本がある。それは島本理生氏の『あられもない祈り』(河出書房新社)。

「恋愛小説」特集が組まれた「王様のブランチ」でそんな西氏の発言が紹介されるや否や、発売から年数が経っているというのに、書籍が品薄になる事態に陥った。

 島本氏の著作といえば、映画化もされた『ナラタージュ』が「究極の恋愛小説」として名高いが、その衝撃を超えるという『あられもない祈り』はどのような作品なのか。何が西加奈子氏の心を掴み、打ちのめしたというのだろうか。

 物語の語り手となるのは、幼い頃から自分のことを大切にできずにいる、20歳そこそこのOLの「私」。同僚を介して、会社経営者で20も年上の「あなた」と出会った「私」は、出会ってすぐに「あなた」から交際を申し込まれた。

「だって、まだ出会ったばかりじゃないですか」と躊躇する「私」に対し、「百回会ってからじゃないと、好きも嫌いも分からないような人間ではないつもりです」と堂々と言い返してきた「あなた」。

 そんな「あなた」の世界を到底把握できないことを感じた「私」は、「あなた」からの交際の申し込みを拒絶する。

 その翌年の春、「あなた」は別の女性と婚約。にもかかわらず、「あなた」は、愛情と暴力が紙一重の恋人と同棲している「私」のことを心配し、いざというときの避難場所として使うようにと、別荘の鍵を押し付けてきた。避難場所など絶対に使わないと心に決めていたが、ある時、追い詰められた「私」は「あなた」の別荘へと向かう。

 婚約者がいるはずの「あなた」に再び告げられた胸のうち。「私」と「あなた」はどうなっていくのか。名前すら必要としない2人の密室のような恋が鋭く胸へと突き刺さる。

 簡単にいってしまえば、この物語で描かれているのは、禁断の恋であるはずだ。だが、その恋の姿をこんなにも美しく、こんなにも苦しいものとして描き出した作品が他にあっただろうか。婚約者がいる「あなた」と、DVをする恋人との関係を切れずにいる「私」。行き場のない2人の世界。次第につまびらかにされていく、2人が心に負っている傷…。

 恋の描写を、こんなに豊かに、切実なものとして描ける作家は、島本氏以外いないのではないか。

 この本を読むと、恋の渦中にはまり込んだような気分になる。この本で描かれているのは、恋の姿そのもの。ここにあるのは、切なさ。そして、どうあがいても逃れようもない苦しさだ。

「私はいつの間にかあなたの感触を思い出していた。あなたが触れた、その余熱だけで今なら世界中の誰とでも寝られる気がした。たしかに自分があなたを愛していることに気付いた。」

「いつでも会える。いつでも抱ける。でも、いつでも会いたいわけじゃなくなった。」

 鳥肌が立つほどリアルな感情。なまめかしくも繊細な表現の数々。あなたもこの小説で、ビターな恋を味わってみてはいかがだろうか。きっとこの本に打ちのめされる。大人の恋のすべてがこの作品にはぎゅっと詰め込まれているのだから。

文=アサトーミナミ

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