なんだこれ…? 名画の中に“へんな生き物”がいるのはなぜ?

暮らし

2019/3/13

『怖いへんないきものの絵』(中野京子、早川いくを/幻冬舎)

 学生の頃から、都合が合えば美術館に行く。ウォーホルやリキテンシュタイン、バスキアといったPOPアートも好きだが、ルネッサンス期の絵画なども面白い。繊細で美麗であるうえに、どこか滑稽だからだ。美術館は1人で行くことが多い。じっくり時間をかけて堪能するためだ。そして、ときどき妙なことに気づく。「この絵はなんだろう?」「この生き物はなんだ?」と。このような疑問は学校の美術の教科書などを見ても感じることはあった。そんな自分が抱いていた感情、疑問に答えてくれるように登場したのが『怖いへんないきものの絵』(中野京子、早川いくを/幻冬舎)である。

 一言断っておくと、本書に登場する絵は怖いものばかりではない。中には笑ってしまうシチュエーションもある。もちろん、笑えるかどうかは個人差が大きいと思うが、まず一作目の「ワトソンとサメ」はなんとも妙なシチュエーションだ。海で男性がサメにおそわれ、船上の男たちがそれを助ける様子が描かれているのだが、襲われている男性は全裸なのだ。一体なぜ?

 中野京子氏の解説によれば、この絵は実際に起こったサメ襲撃事件を絵画化したもので、襲撃された本人が画家に発注したもの。全裸であるのは当時の絵画のお約束的なものであり、決して当事者が全裸で泳いでいたわけではない。なるほど、ここで全裸の謎は解けた。サメに襲われた本人は、この事故で片足を失ったが、それでも立派に生き、ロンドン市長を務めるまでになった。不遇な体験を経てきた自分の姿を不遇な子どもたちに見てもらおうと発注したものらしい。絵画の意味を知れば、よい話でもあり、やはり怖い話だ。

 個人的にウケてしまうのは、蟹に手を挟まれた少年たちの絵である。よく見れば蟹の持ち方も妙で「これじゃあ挟まれて当然」のように見えるのだが、いたって真面目な顔で挟まれている。こんな絵画が立派な邸宅の玄関やリビング、または企業の役員室などに飾られていたら、絶対に冷静でいられない自信がある。立派な絵画でありながら、描かれている内容はまるでコントだ。こんな絵を静かな美術館で発見したらどうだろう? 笑い上戸の人はぜひ気をつけていただきたい。

「美術鑑定家としての猿たち」に至っては、面白い風刺画だ。この絵には猿しか描かれていない。それも複数でふざけた顔や苦笑したような表情をし、皆額縁を見ている。これは美術鑑定家に向けて絵の価値がわからない者として皮肉ったもので、画家の心情が表れているのだろう。実際に中野京子氏もそのように解説していた。

 絵画は、このように専門家の解説を加えて見るとさらなる発見があって面白い。しかし、特に知識を持たずに鑑賞するのもまたよいものだ。そこに登場する人物や生き物、シチュエーションなど、疑問を持ったら想像すればいい。単に「気持ち悪い」「へんな絵」で片付けてしまうのはもったいない。そこには時代を超えた人間の底にある感情が隠れていることもある。現代にも通じることだが、表立って言えないことを、そっと絵画に込めている作品は多いのだ。それが「へんないきもの」であったり「妙なシチュエーション」であったりという形になっていることは多い。作品の奥にどんな事情が隠れているのか考えながら見ていくと、絵画は実に面白いのだ。

文=いしい