発達障害や自閉症の人が見る世界ってどんな景色? 恋愛、人生観…当事者が精神科医と語り合った!

暮らし

2019/3/15

『東田くん、どう思う? 自閉症者と精神科医の往復書簡』(東田直樹、山登敬之/KADOKAWA)

 自閉症の当事者から見た世界とは、こんなにも奥深いものなのか。――初めて『自閉症の僕が跳びはねる理由』(東田直樹/KADOKAWA)【レビュー全文はこちら】を手に取った時、筆者は深い感銘を受け、著者である東田さんの勇気に胸が熱くなった。13歳という若さで自身の障害と向き合い、それを周囲の人にも伝えようとする東田さんの強さに感動したのだ。

 東田さんは会話ができない重度の自閉症者だったが、パソコンや文字盤ポインティングを習得し、他者とコミュニケーションを取れるようになった。そんな東田さんは現在26歳。自身の障害と向き合い続ける彼は『東田くん、どう思う? 自閉症者と精神科医の往復書簡』(東田直樹、山登敬之/KADOKAWA)を通し、同じような生きづらさを抱えている仲間たちや健常者たちに新たなメッセージを送る。本書は、東田さんと精神科医の山登先生が約2年半にわたり交わした往復書簡を書籍化したものだ。

 自閉症に関する話題だけではなく、東田さんの人生観や恋愛観にまで迫った本書は、自閉症という障害を正しく理解するきっかけを与えてくれる1冊だ。私たちは医学書だけでなく、生の声を通して自閉症について知っていく必要がある。

■東田さんが伝える“自閉症者の本音”

“人がいることはわかってはいましたが、まさか自分も人だとは考えていませんでした”

 成長するにつれ、自分のことを人だと認識し始めた時、東田さんは胸の中が悲しみでいっぱいになったという。自閉症は発達障害のひとつ。発達障害というキーワードは世間に浸透しつつあるが、まだ正しく理解されているとは言いがたいように思える。

“僕は、どんなに怒られても、次の日にはいつも通りの毎日を過ごそうと奮闘している自閉症者の姿をもっとみんなに理解してもらいたいと思っています”

 自閉症の人は、周囲の人から誤解をされやすい傾向がある。当人は反省したり落ち込んだりしていても、平気そうに見られてしまうことも少なくないそうだ。だが、彼らも心を痛め、悩んでいる。そのことを忘れてはいけないのだ。

■“優しい偏見”をなくそう

“自閉症のまま生き続けなければならない。そう気づいた時、僕の心に残ったのは、絶望ではありません。僕は、自分のことが好きだったのです。僕にとっては、自閉症の僕が僕なのです”

 私たちは心身ともに健康であることを当たり前で普遍的な幸せであるかのように考えている。先天性心疾患を持っている筆者は、いくら望んでも手に入らない“普通”が欲しくてたまらない時期があった。みんなと同じ行動ができない自分を情けなく思い、“普通”を演じることで幸せを得ようともした。だが、ある日ふと、そんな風に自分を誤魔化しながら普通を追い求めることの方が不幸だと気づき、思ったのだ。「障害も含めて、自分を好きになろう」と。

 障害があると不便なことがあったり自由が制限されたりもするが、だから不幸というわけではないだろう。人の幸せは、その人がどんな想いを抱えながら人生を送っているかで決まるのではないだろうか。

“何ができるかということばかりに注目する人も多いですが、人間の価値はそれだけではないと、僕は信じています”

 そう語る東田さんのように、人の価値をもっと広い視野でとらえることが、これからの日本には必要なのだと思う。

“障害者もみんなと同じ人間です。他の人をうらやむことも、憎むこともあると思います。普通の人ができることができないのがつらいのは本当ですが、だからといって、障害者を特別な存在にすることを、当事者は望んでいないのではないでしょうか”

 障害者というフィルターがかかると「障害があるのにすごいね」と褒められる時がある。こうした優しい偏見や障害者美談は、かえって障害について理解する機会を奪ってしまうことになりかねない。ありのままの姿を伝え続ける東田さんの勇気に拍手を送りたくなる。そして、今後東田さんがどんな想いを綴ってくれるのか、楽しみになる。

 障害者理解と聞くと堅苦しさを感じてしまうかもしれないが、人と人とが心を通わせ、互いの不得手をフォローし合っていくことができたら、小難しい言葉で訴え続けなくても、温かい社会は築いていけるだろう。そんな社会を作るために、まず理解することが何よりも大切なのだ。本書を通じて見る“東田さんの目に映っている景色”は、私たちの常識と偏見をとっぱらってくれるはずだ。

文=古川諭香