【胸熱ドラマが…!】女性の生活を大きく変えた“生理用品”の開発秘話

暮らし

2019/3/31

『生理用品の社会史』
(田中ひかる/KADOKAWA)

 月経のある女性に訪れる、数日間の腹痛やイライラ。憂鬱になることもあるけれど、この本を読めばちょっとだけ気分が変わるかも? 『生理用品の社会史』(田中ひかる/KADOKAWA)は、毎月なにげなく使っている生理用品に、胸アツなドラマがあったことを教えてくれる一冊だ。

平安時代の貴族は絹を使っていた!? 生理用品今昔

 布や紙が開発される以前、経血の処置には、植物の葉や繊維を使っていたのではないかと考えられる。平安時代の貴族は、絹を袋状に縫い合わせ、中に真綿を入れたものをナプキンのように当てて使っていたらしい。布に加えて、紙が経血処置に使われるようになったのは江戸時代。明治時代には、脱脂綿やガーゼを用いるようになり、それらを体に密着させるものも、ふんどしに似た「丁字帯」から、戦後の「ゴム引きパンツ(股の部分にゴムをコーティングしたショーツ)」へと変わっていく。

経血処置用品の改善を妨げた“月経タブー”

“当てる”ナプキン式と並んで行われていたのが、“詰める”タンポン式の処置だ。日本では既製品のタンポンが出現するまで紙や単なる綿の球を使っていたため、取り出せなくなる等の問題があったこと、また性器に対する必要以上の関心を抱かせるなどの偏見や誤解があったことなどから、ナプキン式が推奨されてきた。

 だが、偏見や誤解があったのは、タンポンの使用についてだけではない。「日本で経血処置用品の改善が遅れた背景には、月経に対する根強いタブー視、不浄視があった」と著者はいう。医学が未発達だった時代、出血は死を連想させた。死の影をまとう出血作用は恐怖を煽り、月経は「穢れ(けがれ)」とみなされるようになったのではないか。

月経観を変える使い捨て生理用品・アンネナプキンの誕生

 今や世界一の生理用品先進国となった日本において、そのような月経観が大きく変わる転換点となったのは、1961年、現在の使い捨てナプキンの原型となる「アンネナプキン」が発売されたことだ。

 戦後、経血処置の方法として一般的だったのは、ゴム引きパンツで脱脂綿を押さえるというものだったが、このゴム引きパンツは肌触りが悪く、ムレる、思わぬ粗相をするなどの欠点があった。そこに目をつけたのが、アンネナプキンの生みの親となる坂井泰子だ。発明家と企業の仲介をしていた泰子は、「日本人女性の体に合った、紙綿製の生理用品が普及すれば、女性たちは月経時をもっと快適に過ごせる」と考え、紙綿製生理用品を商品化することにした。

 泰子は、出資者の森部一、PR課長の渡紀彦らとともに生理用品の開発に乗り出した。森部は、社会に貢献できるこの事業に億単位の投資をし、渡は、毎月1千万円もの宣伝費を投じられる仕事に宣伝マンとしての情熱を燃やした。男性の渡は、女性たちの毎月の苦労を知るために、快適とは言えないゴム引きパンツを穿いて過ごしたという。こうして生まれたアンネナプキンは、製品へのこだわりはもちろん、“血”という文字を決して使わないなど、月経にまつわる陰鬱なイメージを払拭する広告戦略も功を奏し、月経の代名詞として「アンネ」という言葉が使われるほどの大ヒット商品となった。

 現在、月経がある女性はみな、初潮が始まったときには使い捨てナプキンが存在していた「ナプキン世代」だ。わたしたちは毎月、ほぼ無自覚にその恩恵にあずかっているが、本書からは、その開発までに、先駆者たちの大変な苦労と配慮、熱い想いがあったことが読み取れる。

 生理用品を使う女性だけでなく、男性にも、その歴史と開発の過程がドラマティックに感じられるだろう本書。これまでの体制や考え方に立ち向かおうとするあらゆる人に、大きなヒントとなるはずだ。

文=三田ゆき