「多くは望まない。普通の幸せがほしい」『傲慢と善良』が婚活男女を苦しめる――辻村深月の圧倒的恋愛小説!

文芸・カルチャー

2019/4/6

『傲慢と善良』(辻村深月/朝日新聞出版)

 誰かと出会って恋をして、結婚して子供をもつ。それだけのことがこんなに難しいなんて、と足元をひっくり返されたような気持ちになっているアラサー男女は多いのではないだろうか。善良に生きていれば普通にできることなのに、できない自分はなにか欠陥があるんじゃないか。そう思ってしまうのは自分たちが人の子だからだ。生まれたときから周囲には、結婚し親となった男女が溢れているのだから。だが選択肢の広がった今の時代、「結婚=幸せ」とは限らないかわりに、「結婚=誰もが自然にできること」でもなくなった。それなのに漠然と「幸せ」を求め続け彷徨う人々に、『傲慢と善良』(辻村深月/朝日新聞出版)はえぐいくらい現実をつきつけてくる。

 タイトルの由来は、作中に登場する結婚相談所の小野里が言う「現代の結婚がうまくかない理由は、『傲慢さと善良さ』にあるような気がするんです」というセリフ。彼女はこうも言う。「皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです」。ぐさっときた人は多いだろう。婚活中の男女からよく聞くのが「普通の人でいい」と「ピンと来ない」というものだが、そこには「自分に見合う価値のある誰か」という本音が潜んでいるのだと小野里は容赦なく切り捨てる。今年で作家生活15周年の辻村深月さん。新作を読むたび増していく切れ味の鋭さは、爽快でもある。

 この認識に、性差はない。出産年齢に制限のない男性は「いつでも結婚できる」とたかをくくっているがゆえに、気づいたらまわりは結婚、自分だけ独り身。「普通にかわいくて控えめないい子」な女性は、自分からガツガツいくこともできず、いい出会いのないまま30を過ぎてしまった。それが本作の主人公である、「西澤架」と「坂庭真実」だ。それでも2人は出会って結婚を決めた。なんの問題もないはずだった。だが婚約もととのったある日、突然、真実は失踪してしまう。彼女の居場所を探し続ける架は、彼女が隠していた過去とある真実にいきつくことになる――。

 恋愛・結婚はどうしても「選ぶ・選ばれる」の基準でジャッジされがちだ。自分は誰からも選んでもらえない、あるいは選ぶ権利を与えられていない人間なのだ、と思ってしまうからしんどい。なぜならそこに見いだされる幸せは、他者との比較によって成り立つからだ。架と真実は、「結婚しなければ」「抜け出さなければ」という意識で出会った、いわば同志だった。もちろん愛情はあったけれど、強すぎる自己愛ゆえに見えていないものが多すぎた。だが、なにが幸せかは自分で選ぶと2人が決めたとき、自己愛にまみれた婚活は大恋愛へと変わるのだ。

 まさか最後に、こんなどんでん返しが用意されているとは。傲慢と善良、そのどちらも肯定しながら、一段階脱却して新しいフェーズへとたどりつく。もがく人々への生きる救いと、恋愛小説としてのときめきを秘めた、物語へと昇華する。こんなに面白い小説は、辻村さんにしか書けない。15周年を飾るにふさわしい、まさに圧倒的な恋愛小説なのである。

文=立花もも