「地獄を見たのよ。文字通りの」人間のズルさにゾクリとする本を夜に開いてみると…?

文芸・カルチャー

2019/5/12

『白昼夢の森の少女』(恒川光太郎/KADOKAWA)

 衝撃、感動、恐怖、希望、絶望…。この世にあるすべての感情を、巧みな表現力で小説作品に閉じ込めてきた恒川光太郎は、異彩を放つ唯一無二のキャラクターをもったホラー作家だ。

 一般的には、ホラー小説とはおどろおどろしい幽霊や妖怪が登場するというイメージが強いかもしれない。だが、恒川氏の小説は、忍び寄る死や予測不能な危険が“幻想的に”表されているのが特徴だ。残酷かつ美しく描かれている異形のキャラクターや、1ページ先が予測できないスリリングなストーリー展開に惹きつけられる。『白昼夢の森の少女』(KADOKAWA)は、恒川氏が10年の間にそうやって書き紡いできた、危うい魅力をもつ短編集だ。

 本作は恒川氏がデビュー後に発表した未書籍化作品や、アンソロジーに収録された小説をまとめたもの。これまでの恒川氏の短編集には、ひとつのテーマをベースに物語が繰り広げられていくものが多かったが、本作には一見バラバラなテーマや印象の物語が集められているため、往年のファンも読みながら新鮮な印象を受け、いつもとはまた違った感覚で恒川ワールドにのめり込めるだろう。

体中に木が生えている「古入道」という幽霊。
何度死んでも記憶を失いながら蘇る男。
19歳までしか乗ることができないという空飛ぶ巨大な銀の船を待ちわびる少女。

 本書で紡がれる物語には、どれも死の印象がつきまとっている。だが、そのイメージは単に仄暗く不気味なのではなく、人間の心理を巧みに映し出しているため、読者は恐怖以外の感情も同時に楽しめるのだ。

■表題作「白昼夢の森の少女」が、現実と夢の境を曖昧にする――

 収録されている10作品中、筆者が特に考えさせられたのは、「緑人」と呼ばれる半植物状態のままで生き続けるという表題作の「白昼夢の森の少女」。主人公の少女は14歳の頃、蔓に体を取り込まれ、半分植物の姿をした「緑人」に。そこから人間の概念を捨てて生きるようになった。緑人となった後は、時の流れも気にせず、同じように蔓に取り込まれたほかの人々と同じ意識を共有しながら、桃源郷のような「共有夢」の中で遊んで暮らすようになる。共有夢は人間だった自分が住んでいた「外の世界」とはまったく違い、孤独や争いがない穏やかな世界だった。

 しかし、そのつながりの中にある東沢現一という殺人犯が入ってきたことにより、少女をはじめ緑人たちは残酷な運命を辿ることになる――。なんと、現一は、主人公の少女が人間だった頃につきあっていた元カレの子どもだったのだ。

 さらに、現一が殺人という凶行に至った経緯を知った少女は、同じ意識を共有している緑人たちと協力し、彼を守ろうと奮闘する。しかし、悲しいことにその努力は共に生きてきた同胞たちの命を…。

 何が現実で、何が夢なのかが分からない…。本作を手にすると、そんな不思議な感覚に陥る。本から視線を上げて自分の目の前に広がっているこの世界すらも、はたして現実なのか、はたまた夢のように脆い虚像なのではないだろうかと考えさせられてしまうのだ。そして、異形の生物や物体を通して見ていた“人間”といういきものの小ささやズルさに心が締め付けられもする。

 命の儚さや人間の傲慢さに触れてヒヤリとしたい時は、ぜひ本作を夜のお供にしてみてほしい。

文=古川諭香