「愛する息子は殺人犯かも…」絶望した家族が抱いた“切なすぎる望み”とは?

文芸・カルチャー

2019/5/15

『望み』(雫井脩介/KADOKAWA)

 手塩にかけた我が子は、目に入れても痛くないほどかわいい。しかし、親は誰でも我が子のことを知っていて信じ抜くことができるのだろうか? 本稿で紹介する『望み』(雫井脩介/KADOKAWA)は、読後に子どもとの関係を見つめ直したくなる、一気読み必至な社会派ミステリー小説だ。どこにでもいる平穏な一家が疑心と絶望に取りつかれる様を見ていると、家族の形や意味を考えさせられてしまう。

■思春期の息子が行方不明。犯罪の被害者? それとも加害者に?

 主人公は、思春期の息子・規士と娘の雅を育てている石川一登と貴代美の夫婦。一登たちは、部活を辞めてからたががはずれてしまったような生活を送る規士のことを気にかけていたが、多感な年頃ということもあり、本人の意志を尊重しながら、人生の歩み方をアドバイスしていた。

 しかし、ある日突然、規士が家に帰ってこなくなり、連絡も途絶えてしまう。そして同時期に一登たちは、車のトランクから10代の少年の遺体が発見されたというニュースを耳にする。

 自分の息子が事件に巻き込まれていたら、どうしよう…。不安に思った一登たち夫婦は悩んだあげく、地元の警察に相談。すると、車のトランクから発見された被害者少年が規士の遊び仲間だったことや、事件後に逃げている少年が2人いることを知らされる。

 規士を合わせると、行方不明になっている少年は3人。逃亡犯の数と行方不明者が一致しないことを知った一登たち夫婦は、規士が第2の被害者になっているかもしれない可能性を危惧しながら、もしかしたら我が子が殺人犯なのではないかと疑うようにもなる。

 誰よりも信じ抜きたいはずの我が子を信じきれない葛藤や、ある日突然、「犯罪の加害者家族」となってしまう恐怖が詰め込まれた本作は、最後の最後まで目が離せないほどスリリングだ。

 息子が殺人犯であってほしくはない。けれど、被害者になって命が絶たれてしまうくらいなら、なんとか生きていてほしい…。そう思うこともあれば、加害者家族にはなりたくないと願ってしまう自分もいる。そのように揺さぶられ続ける一登たちは、果たしてどんな真実にたどり着き、最後にはどんな望みを持つようになるのだろうか…。

■子どもの世界に目を向ける勇気を

 子どもが幼い頃は、多少目を離したとしても、親は我が子が何をしているのかある程度把握することができた。しかし、子どもが成長し、交友関係が広がっていくと、親は自分の子どもであっても、彼らが何をしているのか、何を考えているのかなかなか掴み切れなくなる。

 そうなった時にも我が子に対して揺るぎない信頼を抱き続けるには、どんな風に絆を育んでいけばいいのだろう…。無条件に自分の子どもを信じることは、なかなかに難しいことだ。なぜなら、親自身も完璧な人間ではなく、自分の子育てにも100%の自信を持っているとは言えないからだ。

 子どもは、少し目を離せば遠くにいってしまうこともある。特に多感な思春期には、反抗心や好奇心から悪い道に逸れてしまうこともあるかもしれない。すると、親は悪の芽を早く摘んでしまおうと躍起になってしまいがちだが、本当に大切なのは、子どもが経験している世界を理解し、包み込める大らかさを持つことなのかもしれない。

 子どもには、子どもとしての世界があり大人には分からないのかもしれない。しかし、「分からない」と「分かろうとしない」のではまったく意味が違ってくる。思春期、反抗期、多感な年頃。あなたは、そんな都合のいい言葉を並べ立てて、我が子が置かれている現状を見て見ぬフリしてはいないだろうか。そして、子どもの気持ちよりも自らの保身や大人の都合に走った教育をしてはいないだろうか。

 もし、自分が主人公たちと同じような境遇に置かれたら、どれほど我が子を信じ抜けるだろう? ――そう考えさせられる本作から、あなたはどんな「望み」を見出すだろうか。

文=古川諭香