風俗で指名した相手がまさかの…!? 本屋大賞2位で話題の小野寺史宜による“全力で後ろ向き”な青春小説『ナオタの星』

文芸・カルチャー

2019/6/15

『ナオタの星(ポプラ文庫)』(小野寺史宜/ポプラ社)

「ひとってそんなに成長しないでしょ」と、作家・小野寺史宜さんは言う。「だいたいの人間はそうだろうから、全力で後ろ向きで走る小説があってもいいんじゃないかな」と。このたび文庫化された『ナオタの星(ポプラ文庫)』(ポプラ社)はまさしく、“全力で後ろ向き”な小説だった。

 シナリオライターになりたくて会社をやめたナオタ(小倉直丈)。2年がんばってきたけど、最終選考に残る以上の成果はなし。もうすぐ30歳。同級生はプロ野球選手として活躍し、書くことに興味のなかったはずの妹(小倉琴恵)は作家として売れている。貯金はそろそろやばくて、階上に住む住人は生活音がドシドシうるさい。彼女にもフラれてしまった。いいことなんて、ひとつもない。だけどなぜだろう。シナリオを書くこと以外は確たる信念もない、流されるまま生きている彼の姿に、静かに揺さぶられる。じわりじわりと心の深い部分に侵食してきて、読むのをやめられなくなってくる。

 平凡なナオタの日常にもイレギュラーは起きる。フラれた反動で入った風俗店で、指名した相手が小学校時代のマドンナ・牧田梨紗。彼女について同級生にさぐりを入れたのをきっかけに、くだんのプロ野球選手・高見頼也から妻の尾行を頼まれる。階上の恐竜・澄香とも、クレームをきっかけに交流することとなり、とある事件にも巻き込まれる。だが、本作を読んでいて胸に響いたのはそうした非日常的展開ではなく、もっと些細な描写だった。

 たとえば高見と飲んだあと、梨紗を乗せたタクシーがあっけなく視界から消えた先を見つめ、彼女とその息子に想いを馳せるシーン。〈「おやすみ」不意にわき道から出たおっさんに怪訝な顔をされた。僕、赤面。〉――普通じゃん、と思うかもしれない。だけどなぜか、本作でいちばん印象に残ったのはこの描写だった。

 午前2時の新川――立地が島のようだというだけで住むのを決めたもの言わぬ地で、ひとりたたずむナオタ。このとき彼が、本当は何を想っていたのかはラストになって明かされるのだが、読んだとき「ああ、だからか」と思った。書かれていないけれど、その場面を読んだときは気づかなかったけれど、しっかりと匂いたっていた。本作ではそんな、うっかりすると読み過ごしてしまうような場面にこそ、大事なことが隠されている。無意識にそれを感じとった読み手は、小野寺さんの描く世界の虜になる。

 本屋大賞2位を受賞した『ひと』も、最新小説の『ライフ』も、同じだ。「(自分の書くものは)あらすじだけ聞いたらすごくつまらなそう」とも小野寺さんは言うが、キャッチーでわかりやすく楽しめるエンタメが重宝されがちなこの時代(それはそれで、コンテンツがあふれかえった世の中には必要なこととも思うのだけど)、そうではない場所で輝くものを見落とさない彼の作品は、まちがいなく読者にとってきらめく星だと思う。

 ちなみに本作が単行本で刊行された当時のタイトルは『カニザノビー』。『ナオタの星』もいいけれど、読めば意味のわかる前タイトルもかなり好きだった、ということは付け加えておく。

文=立花もも