昭和32年の谷中霊園で起きた全焼事件は、心中ではなかった!? オリンピック前に読んでもらいたい東京の裏歴史

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2019/7/1

『東京の幽霊事件 封印された裏歴史』(小池壮彦/KADOKAWA)

 夏といえば、海や花火、かき氷にキャンプもいいけれど、外せないのはやっぱり怪談! そんな人にぜひ読んでほしいのが、『東京の幽霊事件 封印された裏歴史』(小池壮彦/KADOKAWA)。怪談専門誌『幽』(KADOKAWA)に15年間連載された「日本の幽霊事件」をまとめた、怪奇ノンフィクションの決定版だ。

 本書は、怪奇現象が発生するという東京とその近郊の17の土地について、著者が実際にそこを訪れ、その怪異の“来し方”を探ってゆくという構成になっている。たとえば、冒頭で取り上げられる谷中霊園については、こんな具合だ。

 かつて谷中霊園には、五重塔が建っていた。幸田露伴の小説のモデルにもなった文化財だが、昭和32年に不審火で全焼した。その焼け跡から男女の焼死体が見つかったため、警察はこの火災を心中と断定したが、著者が墓地の公園で出会った老人によると、「あの塔が焼けた原因は、心中ではない」。実は、第三の人物による殺人ならびに放火、および死体遺棄事件だというのである。

 かくして著者は、この“火焔心中異聞”について調査を開始する。亡くなった男女の身の上、ふたりの関係、解剖の結果、火災直前に墓地で言い争う男女を目撃したという情報。亡くなったふたりはのっぴきならない事情をかかえており、心中の動機もじゅうぶんだったように思われる。しかし、著者が墓地で話を聞いた老人は言う。火災直前の言い争いは、痴話喧嘩などではなかった。ふたりを脅している人物が別にいたのだ。亡くなった男女はなんらかのトラブルに巻き込まれており、その場にいた第三の人物に塔の中へと連れ込まれ、心中に見せかけて殺された──。

 谷中五重塔放火心中が、本当は偽装殺人だったという説は、実はこの老人が一人で唱えていることではない。事件直後から、似たような噂はすでにあった。(中略)こうした噂が出た背景には、達五郎(※注:火災で亡くなった男性)の素性をめぐる謎があった。

 著者は、死者の名前、戦中戦後の事情、現場検証の結果などをヒントに、「谷中霊園に幽霊が出る」という怪奇現象の正体をひもといていく。「幽霊を見た」という経験は個人的なものでも、その土地の特性や歴史を見ていくと、“幽霊”が出現するだけの社会的な理由が見えてくる。

 東京というのは、ほんのわずかな時間のあいだにも、景観が様変わりする土地だ。そのためだろうか、ページをめくり、著者とともに東京周辺の怪奇現象の現場をめぐるうちに、“幽霊”と“東京”の声が重なって聞こえるような気がする。無念を忘れないでほしいと訴える幽霊の声と、土地の景色が変わっても、その歴史を忘れないでほしいと嘆願する東京の声。著者は、東京各地の“幽霊”の身元をたどり、土地に関する記録をあたり、地元の人に話を聞いて、写真を撮り、すでに失くなってしまった光景と、もうこの世にはいない人々の思いを丁寧に拾い上げてゆく。淡々と事実が明らかになってゆく一方で、どうしても説明のつかない怪異が浮き彫りになり、怪談が異様な生々しさを持つことにもぞっとする。

 2020年開催のオリンピックに向けて、東京は大きな変貌を遂げようとしているところだ。そんなタイミングで本書が刊行されることも、一冊を読み通した今となっては、“東京”と、その土地に漂う亡者の導きのように思えてならない。涼感のあとに、なんともいえない寂しさが残る本作。この記事を最後まで読んでしまったあなたも、“彼ら”に呼ばれているのだろう。

文=三田ゆき