中国を作った12人の悪党――数千万人が餓死した、毛沢東の恐怖政治

社会

公開日:2019/8/14

『中国をつくった12人の悪党たち』(石平/PHP研究所)

 中国は、悪党たちによって形作られた国家ということをご存じだろうか。それも日本史や西洋史とは比べ物にならないほどの腹黒さと残忍さをともなう。

 たとえば漢帝国の創始者となった劉邦。彼は好敵手の項羽と戦って負けて、馬車に乗って逃げた際、同乗した幼い息子2人を馬車から蹴落とした。息子たちの重さの分だけ、馬車のスピードが落ちるからだ。

 中国史で有名な則天武后・武照は、妃の一人として唐の高宗に仕えたとき、なんとか現在の皇后を失脚させて、自らがその座に就こうと一計を案じた。武照が産んだ愛娘を自らの手で殺して、皇后が女児を殺したよう巧みに見せかけたのだ。思惑通り皇后は失脚。その後釜に武照が座った。愛娘を自ら殺す計画を立てる異常な精神に、本書を読んでいて寒気が走る。彼女はその後、中国史で唯一無二の女帝となった。

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『中国をつくった12人の悪党たち』(石平/PHP研究所)によると、このような腹の黒い悪党ほど権力を握って中国を支配してきた。それが中国史の鉄則。つまり現在の中国は悪党のおかげで成り立った。

 本書ではタイトルの通り12人の悪党たちを解説しており、ここでは中国でも天下一の悪党を誇る毛沢東の悪行を少しだけご紹介したい。

■中国の偉人・毛沢東が行った歴史的人災の始まり

 本書で取り上げられた12人の悪党は、もれなく国家権力や人民を、自身の権力闘争の“道具”としてあつかってきた。そして、1949年に共産党軍を率いて政権を奪取し、現在の中華人民共和国をつくりあげた毛沢東はその極めつきだ。

 毛沢東は中国の憲法に取り込まれるほど、中国共産党にとって偉大な人物だ。しかし本書を読む限りその実態は“稀代の人災”そのものだ。1959年から61年までの3年間、中国では数千万人が餓死する大飢饉が起きている。共産党政権は自然災害が原因としているが、大ウソだ。本当の原因は、毛沢東主導で推進された「大躍進政策」の失敗にある。

 当時の中国は、ソ連共産党のフルシチョフ書記との間で、「国際共産主義運動」の主導権争いをしていた。このため「中国は15年の間に鉄鋼などの主要工業生産高でイギリスを追い越す」というスローガンを掲げることになった。当時の中国の状況を考えればまったくもって不可能だ。この時点で毛沢東の個人的野心と見栄が透けて見える。

 恐ろしいのは、このスローガンを実現するために行った政策だ。要点をまとめたい。当時の中国国民の9割が農民だった。ならば「全国民に鉄鋼生産をさせれば、スローガンが達成できるはず」と毛沢東は考えた。しかしそうなると困るのは食料だ。9割の人民が一斉に農業を中断すると、当然食糧難に陥る。そこで「1年間で2倍の食料を生産すれば、翌年は全国民が鉄鋼生産に専念できる」と毛沢東はひらめいた。歴史的人災の始まりである。

■政策の失敗で毛沢東は政治的謀略を図り1000万人を死に追いやる

 どれだけ人民が汗水たらそうが、穀物は大地の恵みであり、人の手ではコントロールできない。したがって食料の倍増生産は失敗に終わった。誰もが予想できる結末に、困ったのは共産党幹部たちだ。「失敗しました」と報告すれば、毛沢東からどんな処罰が下されるか…。

 そこで幹部たちは「達成しました」とウソをつき、毛沢東を喜ばせた。結果、食料が確保できていないのに、全人民が鉄鋼生産に集中することになった。そして迎えたのが、数億人が苦しむ大飢饉。わずか3年間で数千万人が餓死してしまった。スローガンの失敗どころか、むしろ大切な人民を見殺しにしたのだ。

この数千万人の死者たちは、まぎれもなく毛沢東一人の権力欲と野心の犠牲品だった。

 本書の一文に再び寒気が走る。ところが人の心を持ち合わせぬ毛沢東は自身の過ちを一切認めることなく、むしろ謀略を巡らせて政治闘争を展開する。

 たとえば、ある党幹部が政策に対して波風が立たないよう疑問を呈した。しかし毛沢東にとってはそれだけで反逆行為。その幹部が国防大臣だったこともあって「軍部の不穏な動き」と決めつけ、あらゆる手段を使ってあっという間に失脚させた。

 さらに共産党や政府の幹部層に対する人民の不満を利用して、無知な学生や社会下層を集めて「文化大革命」という政治運動を展開した。人災の元凶が政治運動を展開したのだ。「下からの造反」というかたちで共産党や政府組織を破壊し、毛沢東の政策の失敗に乗じて力を得た党幹部を打ちのめした。

 このあたりの詳細は本書に譲りたい。とにかく毛沢東の謀略で結果的に1億人以上が政治的迫害を受け、1000万人が惨殺されたり自殺に追い込まれたりした。ここで本書より毛沢東の心情を表現する印象的な一文を抜粋したい。

「わしが天下の人々を裏切ることがあっても、天下の人々は誰一人として、わしを裏切るようなことは許さん」

 本書で解説される毛沢東の悪行は、始めから終わりまで、読んでいる間ずっと開いた口が塞がらなかった。毛沢東という存在こそ、歴史的人災だったのかもしれない。

■現在も悪党が中国をつくりあげる悪しき構造が続く

 本書を読むと、中国という国を生み出した最大の原動力は欲と権力だとはっきり分かる。4000年前から中国は「権力の僕」であり、国民は権力闘争の犠牲になり続けた。中国に対するイメージは様々あるが、人民が常に権力によって殺されてきた歴史を知ると、この国への見方が少し変わるかもしれない。

 そして21世紀になった現在も悪をめぐる構造は依然として続いている。習近平国家主席のことだ。彼もまた毛沢東に負けないくらい個人独裁体制を固め、腐敗摘発という武器を使って党内の大粛清を行った。一方で人権派や民衆派に対する弾圧を一層厳しくし、ウイグル人やチベット人に対する前代未聞の民族浄化政策を推し進める。

 本書を読んで愕然とするのは、腹の黒い悪党ほど中国の実権を握れること。人々を壮絶に苦しめた悪党のおかげで今の中国があることだ。私たちは現在もこれからも、この言葉にしがたい隣国とどのように付き合えばいいのだろうか。

文=いのうえゆきひろ