凶器は恐ろしい毒蛇。まさか日本で噛まれて死ぬことになるとは…。「このミス」の隠し玉

文芸・カルチャー

更新日:2019/8/28

『クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない』(越尾圭/宝島社)

 宝島社が主催する『このミステリーがすごい!』大賞はこれまで数々の人気作家を輩出してきたことでも有名だ。ドラマ化もされた『チーム・バチスタの栄光』を手がけた海堂尊や、第15回大藪春彦賞を受賞し人気作を発表し続ける柚月裕子も、そのひとりだ。

 また、『このミス』大賞の受賞作は、話題のベストセラーになることも多い。例えば、2013年に映画化され、その後ドラマ化もされた『さよならドビュッシー』は、読書家だけにとどまらず多くの人々に知られ、中山七里の代表作でもある。そんな「このミス」は、大賞受賞作だけでなく、「隠し玉作品」にもワクワクさせられてしまう。

「隠し玉作品」とは、大賞や優秀賞の受賞には及ばなかったものの、選考委員が評価した作品の中からベストセラーになる可能性を秘めた応募作を発掘したもの。編集部のアドバイスのもと応募作を改稿し、書籍として刊行されているシリーズだ。

advertisement

 第17回『このミス』大賞では、4作品の隠し玉作品が発表されたが、その中でも『クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない』(宝島社)は、ミステリーとしては斬新な凶器と、読み進めていくほど疾走感が増していくストーリー展開にハラハラさせられる1冊。本作は、著者・越尾圭のデビュー作だが、そのアイデア力は新人とは思えない。

■日本の住宅で、クサリヘビに噛まれて死亡!?

 物語は、動物診療所を営む獣医・遠野太一の幼馴染である小塚恭平が、自宅マンションで“ラッセルクサリヘビ”に噛まれて亡くなったことから幕を開ける。ラッセルクサリヘビは、ワシントン条約で取引が規制されている毒ヘビだ。警察の調べにより、恭平は何者かによって郵便受けからラッセルクサリヘビを家に投げ込まれ、殺されたことが判明する。

 太一は、死の間際に自分を頼って電話をかけてきた恭平の行動に疑問を抱き、東京税関で働く恭平の妹・利香と共に死の真相を解明しようとする。しかし、事件の謎に迫るにつれ、太一の周りでは不審な出来事が起こり始める…。偶然か否か、利香の同僚はホームレス射殺事件に遭遇。太一自身は経営している診療所が荒らされ、治療中の動物たちを惨殺されてしまった。

 絶望と怒りに駆られた太一は、生前に恭平と関わりがあったという編集者・樋口の力を借りながら、裏ルートからも事件を探ることに。すると、そこには希少動物に関わる巨大な闇が横たわっていた――。

 凶器となったクサリヘビは、一体どこから何の目的で持ち込まれたのか。事件のカギを握るのは「ターミナル・ポイント」という言葉。その言葉の指す意味にたどり着いた時、あなたは衝撃的な絶望と人間の欲深さに打ちのめされることだろう。

■凶器の先に広がる“野蛮な世界”

 モノだけでなく、“動物”を巡る人の欲望は尽きない。欲望がエスカレートし、命を命だとも思わなくなる。私利私欲を満たそうとして、動物を悪用する人間もこの世にはいる。だが、人間は動物の“命”の行方を身勝手に決められるほど偉い存在なのだろうか。

 私たちに知恵が備わっているのは、弱いものを痛めつけるためではない。ペットなどの動物に対する虐待や密猟、違法売買など、動物が犠牲となる悲しい事件は今この瞬間にも世界中で起きている。こうした現状から目を背けず、小さな命にも想いを馳せることができれば、動物たちを脅かしている大きな闇も徐々に払拭されていくかもしれない。

 ハラハラ・ワクワクさせられるミステリー的要素が満載な本作は、動物との向き合い方を真摯に問いかける作品でもある。タイトルにもある1匹のヘビの先には、まだ野蛮な世界が広がっているのだ。

文=古川諭香