理想とすべき夫婦像とは? 妻の出世と“イクメン”に追い詰められた男性の実録

暮らし

2019/9/16

『夫婦幻想 ――子あり、子なし、子の成長後』(奥田祥子/筑摩書房)

 女性の社会進出や男性の育児参加などが取りざたされる現代において「夫婦関係は、今や精神的にも経済的にも不安やリスクを増大させるものへと変容」したと一石を投じるのは、書籍『夫婦幻想 ――子あり、子なし、子の成長後』(奥田祥子/筑摩書房)である。

 結婚は人生の墓場か否か。数々の夫婦へ年単位で密着したルポルタージュに目を通すと、“あるべき夫婦像”が垣間見えてくるはずだ。

■“イクメン”という言葉は「プレッシャーでしかない」

 関東に住む長谷川伸一さん(仮名)は、自身が「産まない性」であることに苦しんでいた。著者からのインタビューを受けて「父親が、いったい何なのか、よくわからないんです」と切実に明かした長谷川さんは、育児へ積極的に参加しようと思い過ぎるがあまり、自分の中にある“理想の父親像”に追い詰められていたのだ。

 当時はちょうど“イクメン”という言葉が、世間的にも使われはじめていた時期でもあった。その言葉自体は「プレッシャーでしかない」と、著者へ即答した長谷川さん。

 今でこそ、育児を目的とした男性の“時短勤務”に理解ある声も聞かれるようになったが、当時の社内では「イクメンなんてしやがって」と心の中でなじられているのを肌で感じていたという長谷川さんは、出世競争から外されたかのような自分を俯瞰して「家庭でも職場でも、認めてもらえないようで……本当につらい」と、公私ともにやりがいを見出せなくなっていった。

■妻の出世を受けて“三重苦”にさいなまれる

 長谷川さんが「男のプライドなんて、丸つぶれですよ!」と語気を強めたのは、著者が取材を始めてから4年ほど経過した頃だった。当時、みずから「三重苦」にさいなまれていると話した長谷川さんは、著者へ切実な胸の内を明かした。

 妻と同じ会社に勤めていた長谷川さんであったが、ちょうどその時期から、社内では「女性活躍」推進が叫ばれる時代に向けて、女性社員の管理職登用を積極的に推進しはじめていた。その流れから、妻は同期の女性としては初めての課長候補ポストに抜てき。一方、育児との両立で年々、長谷川さんは昇進の意欲も低下していた。

 著者に対して「働きながら育児を分担するだけでもいっぱい、いっぱいで、妻のように出世なんてできないし、かといってばっちりお父さんをやって、妻を応援できているわけでもない」と打ち明けた長谷川さん。女性の社会的地位が向上することには理解を示すも“仕事がデキる男”と“イクメンの父”、さらに“デキる妻を支える良き夫”というプレッシャーが、長谷川さんの背中にはのしかかっていた。

 強い妻と、毎日に疲れ果てた夫。一つ屋根の下でよりいびつさを増したかのような夫婦関係の中で、仕事の愚痴を吐き出しつつも、みずからの出世についてとがめているような妻の態度を受けて、長谷川さんは「同じ会社だから、余計しんどいです。妻に言われなくても、僕が一番気に病んでいる、というのに……」と、誰にも吐き出せない悩みを抱えていた。

■自分も昇進できたことで「夫婦のバランスを取り戻せた」

 著者が取材を始めてから数年ほど。現在、長谷川さんは課長へと昇進した。ひと足先に課長へ昇進した妻と協力し合いながら、仕事にまい進しながら、小学6年生となった娘の子育てや教育、家事に励んでいる。

 同期より遅れながらも、課長に昇進できたことで「夫婦のバランスを取り戻せた気がしている」と話した長谷川さん。妻の立場が理解できたので「互いに努力して歩み寄り、自分の悩みを打ち明け、相手のつらさを受け止めるように変わった」と述べた。

 しかし一方で、大黒柱で“あるべき”という価値観が求められる中では、仕事で結果を残さなければ“イクメン”にも“良き夫”にもなれないと話す長谷川さん。出世競争で常に自分の前を走り続ける妻の姿がある限り、みずからは「『男』の呪縛と向き合っていくしかない」と覚悟をにじませていた。

 さて、このたび紹介したのは、本書で取り上げられているほんの一例に過ぎない。理想の夫婦像というのは人それぞれであるが、世の中にはびこる“あるべき”という意識にさいなまれ、打ち明けられない苦しみを抱える妻や夫もおそらく少なくないはずだ。本書で味わえるのは、それぞれの夫婦にある葛藤。読んでみれば、自分自身の家庭についても振り返るきっかけになるはずだ。

文=カネコシュウヘイ