高齢ドライバーによる死亡事故に隠された真実とは? ただの「老い」ではない真相にゾクリ

文芸・カルチャー

2019/9/23

『震える天秤』(染井為人/KADOKAWA)

 私はミステリー小説を読むのが好きだ。ライターという仕事として読みふけることもあれば、プライベートで楽しむことも多い。ミステリー小説のおもしろさは、登場人物たちが善と悪の狭間で己の信念を貫こうと模索するところにあるように思う。そういった点で、『震える天秤』(染井為人/KADOKAWA)は、これまでに読んだミステリー小説の中でも特に入り組んだ複雑な感情に浸らせてくれる作品だ。

■よくある事故、ではない何かが潜んでいる――

 本作で扱われるのは、高齢ドライバーによって引き起こされた死亡事故。現実社会でも何かと取沙汰されるテーマであるだけに、作品全体にはフィクションとは思えないような臨場感がまざまざと漂っている。

 本作の主人公・俊藤律(しゅんどうりつ)は、フリージャーナリスト。隔週誌「ホリディ」の編集長に頼まれ、86歳の高齢者が運転する軽トラックでコンビニに突っ込み、店長を轢き殺してしまったという事故を調べるため、事故現場である福井県のFYマートに向かった。

 被害者となった石橋昇流(のぼる)は事故当時、アルバイトの内方七海と共に勤務していたことがわかる。一方、加害者の落井正三はブレーキとアクセルを踏み間違えたと供述しており、認知症が疑われている。

 現場に足を運んだ律は、被害者の父のコンビニオーナーが漂わせるキナ臭さや、被害者の生前の素行の悪さを知り、事故を起こした正三の人物像についても関心を持ち始める。そこで、正三が住んでいたという小さな村落へ足を運ぶことに。その村は半年ほど前に山崩れ災害が起き、一家3人が生き埋めになるという惨事が起きた場所だった。

 村に着いた律は村民たちに取材を試みるが、全員が口裏を合わせているような不可解な緊張感に、不信感を抱く。「この村はなにかがおかしい…」、そう感じ始めた矢先、律は村の取材中に偶然、事件当日に被害者と共にシフトに入っていた唯一の事故目撃者・七海の姿を発見する。彼女もその村の住人であり、なぜか地元から遠く離れたFYマートでアルバイトをしていたのだ。

 そして、取材を通して明らかとなったのは、とうの昔に自動車を運転しなくなっていたにもかかわらず、正三は事件当日に限って、村人の所有する軽トラックを無断で借り、FYマートへ向かったということ。正三と七海、ふたりの不可解な行動を知った律は、隠された真相を探るべく事件をより深く調べ、やがては衝撃的な真実に辿り着くこととなる――。

“「なんでやろう、アクセルを踏みつけとるんです。足を離そうと思うても身体がいうことを聞かん。どうして、あんなことになってしもたのか」”

 事件後にもまだそんな夢を見ると語った正三の本心を知れば、物語の景色はガラリと変わって見えるだろう。

 真相解明のカギを握っているのは、事故現場となったコンビニに設置されていた防犯カメラだ。衝撃の事実が明かされた後にも、読者のページをめくる手は止まらなくなるはずだ。「高齢者ドライバーによる自動車事故」、その背後に隠されたパンドラの箱を開けた時、改めて本作の表紙を眺め、タイトルの秀逸さに思わずうなってしまう。

「震える天秤」が下した罰を、あなたはどう受け止めるだろうか。

文=古川諭香