諸行無常の世の中には苦しみしかないのか? 現役のお坊さんによる「縁」を描いた物語

文芸・カルチャー

公開日:2019/10/2

『空色カンバス 瑞空寺凸凹縁起』(靖子靖史/講談社)

 日本は仏教徒が多い国ながら、仏教の教えを深く理解している人はあまりいない。「諸行無常」や「縁起」など、なんとなく知っている仏教用語もあるが、具体的にどのような意味か問われるとうまく説明できないのだ。

 生活の中で仏教に触れる機会はほとんどなく、あるとすれば葬儀や法要のときくらいだろうか。その時に聞くお坊さんの法話は、仏教に詳しくない人の心にもしみて、大切な人を亡くした悲しみを癒やしてくれる。難しい話はわからなくても、仏教の考え方を知ることで生き方のヒントを得られるのだ。

『空色カンバス 瑞空寺凸凹縁起』(靖子靖史/講談社)は、現役のお坊さんが描いた物語。小説からでも何かヒントを得られるのではないかと思い、ページをめくった。

advertisement

 高校生のゆかりは、亡き父の跡を継いで住職になった兄の隆道とお寺で暮らしている。そんな2人のもとに、泣きぼくろが印象的な美女・千尋が突然やってきた。どうやら夫から着の身着のまま逃げてきたらしい。隆道は家に帰りたくないという彼女をお寺に受け入れ、しばらくの間3人で生活することになったのだが、ゆかりはどうも彼女のことが気にくわない。しかも千尋は、自分の素性を隠しているようで…。果たして、2人のもとに千尋がやってきた「縁」とは。仏教の教えと共に紡がれる、青春小説だ。

 この作品は、ゆかりと隆道それぞれの目線でストーリーが進んでいく。2人が千尋の登場に対して異なる感情を抱き、悩む姿を追うことができるのがおもしろかった。

 ゆかりは進路希望を提出しなければいけない時期だが、なかなか進路を決められずに悩んでいた。美術部の彼女は絵がうまく、顧問の先生からは美大に進学することを勧められるも、踏み出せないのだ。その原因は、ゆかりが中学生のときに父親の泰隆が急死したことにある。

 生まれて間もなく母親が亡くなり、ずっと3人暮らしだったゆかり。ある日父が脳卒中で突然倒れ、ゆかりと隆道は万病に効く薬壺を持った薬師如来に3日間お祈りを続けるも、帰らぬ人になってしまう。それ以来、ゆかりは神や仏に否定的になった。立派なお坊さんだった父をどうして助けてくれなかったのか、なんのための仏教なのかと。

 同時に彼女は大切な人が突然いなくなる恐怖を忘れることができなくなった。父が急逝したように、自分がお寺を離れている間に兄も突然いなくなってしまうかもしれない、自分の居場所を失ってしまうかもしれないと思うようになったのだ。大切な家に見知らぬ女性・千尋がやってきたことで、その気持ちが浮き彫りになる。

 その一方で、隆道は千尋の顔に見覚えがある様子。どこかで会ったことがあるのではないかと思いながらも、詳しくは思い出せない。千尋と共に過ごすうちに、その疑問は確信に変わっていく。物語の後半で、隆道は忘れてしまった記憶を取り戻すために行動し始める。一体、彼はいつ千尋と出会ったのだろうか。そして、彼女の正体とは。

 この作品のもうひとつの魅力は、住職である隆道と、彼の弟弟子の口を通して、仏教の考え方が語られることだ。お釈迦様やお坊さんは決して病気を治すことができるわけではない。全ての事物や現象は原因と結果で繋がっており、常に変化し続ける。ゆえに、人は死を避けられない。これが縁起の力であり、仏教ではこの力が世界を回していると考えられている。

 千尋がこのお寺にやってきた「縁」。そして、泰隆とゆかり・隆道・清明の間にある「縁」。途切れることのない繋がりは、彼らにどのような結末をもたらすのだろうか。

 お釈迦様は「この世の全ては、苦しみの輪でできている」と言った。しかし、この世はつらいことばかりではない。お釈迦様の教えを通して、生きていく力を得られる物語。難しい用語などは出てこないので、仏教の知識がなくても読みやすい。人生を前向きに生きていきたい全ての人におすすめの作品だ。

文=かなづち