「普通の恋愛」を望む少女は、耳の聴こえない少年に恋をする。『ふつうな僕らの』

マンガ・アニメ

2019/10/20

『ふつうな僕らの』(湯木のじん/集英社)

「恋をする」と聞いたとき、あなたは頭の中に「ロマンチックで激しい恋」を想像するだろうか、それとも「平凡で穏やかな恋」を想像するだろうか。そして、そのどちらを求めるだろうか。

 湯木のじん著『ふつうな僕らの』(集英社)は、「普通の恋」に憧れる少女が主人公の物語である。

 彼女の名前は、花川椿。過去に心臓を移植した経験のある彼女は、「普通」に憧れていて、「激しかったり苦しかったり悲しくない普通の幸せな恋」をしたいと願っている。

 ある日、彼女は街で前の人が落としたパスケースを拾う。落としましたよ、と言ってもなかなか気づかない彼は、彼女が転んだタイミングで振り返る。無言で受け取り、別れる2人。転んだ拍子にタイツの膝に穴が空いた彼女は、電車で好奇の目に晒される。スマホで撮られそうになったとき、かばうように前に立ったのは、先の少年だった。

 電車から降りる際、うとうとしていた彼女の膝元には「パスケース届けてくれてありがとう」という手紙が。お礼を言おうとする彼女にはにかむ彼の表情を見て、椿は自分の恋が始まったことを自覚した。

 恋なんて、何か理由があって落ちるものではない。自分ではコントロールできないところで、勝手に心が引っ張られてしまうものだ。次の日から、すっかり恋に落ちた椿は学校中で彼の姿を探し回る。そして、再び図書室の前で出会うのであった。

 会った瞬間、椿は言う。

「あの 私先輩のこと好きになって」

 恋は盲目というが、あまりにも早い告白だ。

 同時に彼に渡した手紙には「先輩のことをもっと知りたいし 私のことも知ってほしいです そしてできるなら先輩と普通に幸せな恋がしたいです…」と書かれている。ここまで積極的なのも、一度は自らの心臓を取り除くという大手術を経たからだろうか。作中の彼女は、こちらが少し驚くほどに、猪突猛進で怖いもの知らずだ。

 しかし、彼女が恋をした相手、草野一颯(いぶき)は6歳の頃におたふくかぜになってから両耳が聴こえなくなってしまっていた。うまく喋れないから、基本は筆談か手話。人が喋っていることは、音と唇の動きでなんとなく読み取ることができる。その事実を知った椿に、一颯は「耳聴こえないって知ってもまだ好き?」と聞く。「はい そういうの関係ないし」と答える椿に、彼は「嘘つけよ 偽善者って言うんだよ 君みたいなの」と辛辣に返すのだった。

 正直、作品のあらすじを読んだときは、耳が聴こえない少年を理解しようとする主人公や、その彼との恋が「普通なのかどうか」葛藤する物語なのだと思っていた。それは、ピュアだが少し子供っぽいストーリーだと舐めていたということだ。しかし、椿は私の想像の斜め上を行っている。彼女は、一颯の耳が聴こえないことなんて、本当にまったく「特別」だと思っていないのだ。

「普通に幸せになってね」と嫌味を言う一颯に対して、椿はめげずに迫り続ける。それは彼女が見つけた「普通の恋」だから。彼女にとっての「普通の恋」とは、「好きな人に明日も会えること」なのだ。中学時代はずっと病院で過ごしていた彼女が憧れる「普通」は、あまりにも些細で、とんでもなくシンプルなものだった。

 心臓を移植した少女と、耳が聴こえない少年。一見「普通じゃない」彼らが、作中ではあまりにも「普通に」恋をしている。普通かどうか考えることすら野暮に思えるほど、あたたかな関係を築こうとしている。椿の一颯に対するゾッコン具合も微笑ましく、読んでいて幸せな気分になる作品だ。

文=園田菜々