「居所不明児童」問題に切り込む傑作長編。親になること、家族とは何かを問う『漂う子』

文芸・カルチャー

2019/12/7

『漂う子(文春文庫)』1巻(丸山正樹/文藝春秋)

 ろう者の生きる世界とその苦悩、悲しみをリアルに描く「デフ・ヴォイス」シリーズで知られる丸山正樹氏。代表作となっている同シリーズ以外の唯一の長編、『漂う子』が文庫になって文藝春秋より刊行された。

 本作のモチーフとなっているのは“居所不明児童”。これは家庭、住んでいた地域、通っていた学校から姿を消して、その所在が確認できない子供たちのこと。本作はそうした“消えた子供たち”の存在にスポットを当てながら、“親と子”のあり方を問う物語だ。

 フリーランスのカメラマン・二村直は、結婚を考えている恋人の小学校教師、祥子から教え子に“居所不明児童”がいることを知らされる。祥子が担任するクラスの紗智という女子児童が、2学期の終わりから登校しなくなり、ふたり暮らしをしていたはずの父と共に行方不明になっているというのだ。ただ、それは直にとって、恋人との何気ない会話のひとつに過ぎなかった。その後、祥子に妊娠を告げられて、直は動揺。自分が子供を欲していないことを改めて自覚してしまう。世間には親が子を虐待したというニュースがあふれている。なぜ、そんな簡単に子供を作ろうなんて思うのか。子供ができれば、人は自動的に“親”になれるのか。自分はそう思えない――。祥子はそんな直の心情に気づいていて、たとえシングルマザーになっても産む、と言い切る。ふたりの関係の揺らぐ中、祥子のもとに紗智と思しき人物から電話がかかってきた。妊娠中にもかかわらず、早く紗智を見つけなければと焦る祥子。その姿を見た直は、つい自分が代わりに探しにいくと言ってしまう。そして、紗智の捜索を通じて直は“消えた子供たち”の実態を知ることになる――。

 居所不明児童の背景には、多くの場合、親の貧困や虐待がある。借金を抱えた親に夜逃げ同然の失踪を強いられたり、あるいは虐待する親から逃れるために流浪生活を余儀なくされたり、そのほとんどは親の事情が根本的な原因だ。

“消えた子供たち”は時に親に命ぜられるまま、食いつなぐために万引や窃盗をして、さらには児童ポルノへの出演や売春で金を得るようになっていく。そうした生活は親から離れて、自分ひとりで生きるようになっても変わらない。悲惨な状況にもがきながら、たくましく生き抜こうとしている子供たち。そして、そんな子供たちを救おうとする大人たちを見て、直は強い衝撃を受けながらも、自分を縛っていた問いに向き合っていく。

 作中でも言及されているが、2012年当時の文部科学省の調査によれば居所不明となっている子供は中学生までを含めて1491人。その後、関係府省庁の協力で全国的な調査が行われるようになり、居所不明の子供の数は大幅に減ったという。しかし、それでも消えたまま居場所のわからない子供たちは全国になお存在し、貧困や虐待など子供たちをめぐる状況の根本的な解決策もまたいまだ見出されていない。

 現実は過酷だ。だから、著者は安易な解決、ハッピーエンドを描こうとはしない。しかし、ただ現実の悲惨な状況を見せつけて突き放すようなこともしない。ある意味で救いようのない闇を描きながらも、そこに微かではあれど希望を提示する。貧困や虐待はどこまでも連鎖するのか。遺伝や環境から人は逃れられないのか。きっと違うはずだ。生きる希望はきっとある。そんな著者の祈りが、この小説には込められている。

文=橋富政彦