「人見知りとして生きていく」という提案。おしゃべりが苦手でも、人間関係や仕事に悩まない生き方のコツ

暮らし

2020/1/14

『「人見知り」として生きていくと決めたら読む本』(午堂登紀雄/すばる舎)

「人見知りをどうにかしたい」そう思っているのに、なかなか変われない自分に劣等感や自己嫌悪を抱く、という人は多いのではないだろうか。

 人見知りは不利だ。社交的な性格こそ望ましい――。そんな思い込みを変えて、心を軽くしてくれる本がある。『「人見知り」として生きていくと決めたら読む本』(午堂登紀雄/すばる舎)だ。

 本書は「人と関わらなくていい」「苦手なら逃げよう」という後ろ向きな主張をしているわけではない。極度の人見知りである著者が「人見知りのままでも仕事や人間関係に悩まず、快適に生きられるコツ」をまとめたものである。本稿ではその内容をいくつか紹介する。

「人見知りはコミュニケーション下手」という勘違い

 本書によると、コミュニケーション能力は「目的に応じて適切に意思疎通できる力」を指す。じつは会話で人を楽しませたり、場を盛り上げたりできることだけがコミュニケーション能力ではないのだ。

 言葉のキャッチボール、ともいうように、コミュニケーションは双方向におこなわれるものである。そのため一方的にしゃべるだけの人は外交的に見えても、コミュニケーション能力が高いとはいえない。

 一方で会話が苦手だ、と感じていても、相手の話をしっかり聞く人であれば、コミュニケーション能力は高いといえる。むしろ昨今は自分の気持ちを知ってほしい、認めてほしいという人が多いため、相手の話をしっかり聞ける力はとても貴重なのだ。

人見知りなら「良い聴き手」を目指せばいい

「自分のことを話したい」という人は世の中に大勢いる。そのなかで、人見知りが無理をして話そうとする必要はどこにもないという。

 話すことが苦手なら、「良い聴き手」であればいい。自分の内向的な性格に逆らって、外交的な人を真似ようとするから、ますますコミュニケーションをとるのが苦手、と感じてしまうのだ。

 しかし、ただ黙っているだけでは「聞いている」ことにはならない。相手がしゃべりたいことを話せるように促す「質問力」や、相手を深く理解し共感しようとする「傾聴力」を高めるなど、人見知りのままでも磨けるスキルはいくらでもある。

 本書では人見知りの人に向けて具体的な雑談のコツや乗り越え方が紹介されているので、さっそく参考にしてみるといいだろう。人見知りという本質は変えられなくても、自分のスキルを伸ばし成長していけるのだ。

沈黙は自分のせいでも、悪いことでもない

 会話が途切れて「シーン」と沈黙する場面が苦手、という人見知りの人も多いだろう。その雰囲気にいたたまれなさを感じたり、何かしゃべらなければとプレッシャーに感じたりしているのではないだろうか。

 しかし本書には「沈黙は悪いことではない」と、はっきりと記されている。また、そう認識を改めることが大切だという。自分のせいだと思いつめる必要もない。

 沈黙するということは話す必要がない、ということだ。そもそも言葉は何かを伝える手段であり、間を埋めるものではない。話すことがないなら、外の景色を眺めながらリラックスしていればいい。「気まずい空気」か「静寂な空間」かを決めるのは、心の持ちようなのである。

「人見知りはよくない」そう一番に感じているはずの人見知りの人たちにとって、本書は自分らしく快適な生き方を提案する1冊だ。

 自分を変えようとする必要はない。「自分はこのままでいい」のだ。人見知りの自分を大切にする生き方をはじめてみてはどうだろうか。

文=ひがしあや