満員電車に乗る人は要注意!? 脳科学でひもとく『笑ゥせぇるすまん』喪黒福造の誘惑の手口。人はなぜ簡単に騙されるのか?

ビジネス

2020/1/20

『悪の脳科学(集英社新書)』(中野信子/集英社)

 黒ずくめで常に笑みを浮かべる不気味なサラリーマン・喪黒福造。ターゲットに「♥ココロのスキマ…お埋めします」と記された名刺を差し出し、夢のようなプレゼントを授けると同時に、絶対に守ることのできない約束を課して破滅へと追いやる――。

 喪黒福造は1969年に連載が開始された、藤子不二雄A先生のブラックジョークテイスト漫画『笑ゥせぇるすまん』(当初のタイトルは『黒ィせぇるすまん』)の主人公である。1989年にアニメ化、1999年には伊東四朗主演でテレビドラマ化されており、そちらの印象が強い人も多いかもしれない。

『悪の脳科学(集英社新書)』(中野信子/集英社)は、言葉巧みにターゲットを陥れていく喪黒というキャラクターを脳科学的に分析した1冊だ。脳科学者の著者によると、喪黒のターゲットへの接近の仕方、ターゲットを罠にハメていく手法などは心理学的に理にかなっているという。

喪黒福造が仕掛ける「プレゼント」とは

 喪黒はターゲットを陥れるため、ココロのスキマを測ったようにピッタリと埋めるプレゼントを“ある約束付き”で贈る。

 たとえば本書で紹介されている『笑ゥせぇるすまん』の「長距離通勤」というエピソードでは、片道4時間かけて通勤している男性に、会社まで歩いていける距離の小奇麗なマンションを提供する。身の回りの世話をする美しい女性までいて、食事や部屋代はすべて無料! この魅力的なプレゼントを前に、男性は喪黒と契約を交わしてしまう。

 その男に喪黒が課した約束は「週末は必ず自宅に帰ること」。仕事が休みの日はマンションを利用しない、ということだ。

 一見、それほど守るのが難しそうな約束には思えないが、男は上司と朝までハシゴ酒をして、来てはいけない日にマンションまで帰ってしまう。そして待ちかまえていた喪黒によって「ドーン!」と奈落に突き落とされたのだった――。

一見簡単そうでも「絶対に守れない約束」の罠

 この男は約束を甘く見ていたのか、酒に酔った勢いなのか…。じつは脳科学的な視点から見れば、この“一見簡単そうな約束が守れないのは当然のこと”なのだという。

 約束を守ろう、実行しようとするのは人間の「意志の力」である。しかしこの力は長続きせず、必ず「情動」に負ける。これまでは4時間かかる帰宅のせいで会社でのお付き合いを断ってきた男が、マンションをプレゼントされたことで心置きなく飲みに行けるようになった。朝まで飲んで、4時間かけて電車で帰るのが面倒くさい。それならば…と、意志の力はいともたやすく情動に屈してしまうのだ。

 つまり喪黒福造がターゲットに課す条件は一見、簡単そうに思えるものの、誰にとっても「守るのが困難」な約束なのである。

「長距離通勤」の男が喪黒の標的になったワケ

 さらに、不運にも「長距離通勤」の男が喪黒のターゲットになったのにはワケがある。

 男は片道4時間の通勤のために午前4時半には家を出て、電車は4度乗り換える。じつに忍耐強く、真面目な人間に思えるが、実際はこうやってギリギリの我慢をしている人ほど誘惑や罠に陥りやすいのだという。

 本書によると人間の「我慢の総量」はあらかじめ決まっており、通勤時間が長かったり、満員電車に乗ったりする人は、かなり誘惑されやすい状態なのである。

 また憂うつな通勤ラッシュは、喪黒のような誘惑の悪魔が潜みやすい時間帯ともいえそうだ。

 人のココロを巧みに操り、陥れる喪黒福造。彼は次々とターゲットたちを破滅へと追いやるが、その過程に間違った情報を意図的に信じ込ませるアンフェアーな言動や、脅しの要素は一切ない。ある意味で、この公正さが『笑ゥせぇるすまん』の魅力ともいえるだろう。

 本書は、喪黒の誘惑の手口はもちろん、いかに私たちが弱く、騙されやすい生き物なのかということを教えてくれる。ココロのスキマが存在しない人間などいないのだ。

「喪黒福造は漫画のキャラクターだから…」とは安心できない。本書を“悪から身を守るための教科書”として、ぜひ役立ててほしい。

文=ひがしあや