42歳シングルマザー、突然拉致監禁される。平穏をぶち壊すおぞましい転落は、彼女のせいなのか?

文芸・カルチャー

2020/1/19

『ママ』(神津凛子/講談社)

 展開がスリリングでホラー要素もあるサスペンス小説は、筆者の大好物。これまで数多くの作品を手に取りハラハラしてきたが、中でも神津凛子さんのデビュー作『スイート・マイホーム』(講談社)は、読後の印象が心と頭にこびりついて離れない、強烈な作品だった。巷には「イヤミス(いやな気分になるような後味の悪いミステリー)」と呼ばれる系統の小説が多く発表されているが、同作はそれを超えるほどのおぞましさを持った「オゾミス(おぞましいミステリー)」。マイホームという一番安らげるはずの場所が、じわじわと恐怖に侵されていく様から目が離せなくなった。
 
 そんな神津さんの新作『ママ』(講談社)も前作同様に「オゾミス」たる展開と内容になっており、ページを開いた読者はあっという間に恐怖の渦に飲まれてしまいそうだ。

■42歳のシングルマザーが忘れた、ある「罪」とは?

 42歳の後藤成美は、ひとり娘のひかりを育てているシングルマザー。自身の母親は幼い頃、家庭持ちの男と蒸発し、男手ひとつで育ててくれて父親は10年前に他界。天涯孤独となってしまった成美だが、似たような孤独を持つ男性と恋に落ちた。しかし、不運にも彼は事故に遭い帰らぬ人に。その後、子どもを身ごもっていることを知り、出産を決意したのだ。

 頼れる人がいない母子2人の生活は貧しかったが、愛娘の成長を見守ることは成美にとって最大の幸せであり、「当たり前の日常」でもあった。ところが、平穏な日々は謎めいた男の登場によって、突如奪われることとなる――。

 事の発端はひかりの6歳の誕生日に起きた、ある不幸な事件。憔悴しきった成美の前に見知らぬ男が現れ、彼女は拉致監禁されてしまう。

 男にはまったく見覚えがないのに、なぜか成美の名前や生い立ち、さらに娘の名前までも知っている。そして、成美に対して、嘘をつかずに覚えている過去を正確に話すよう強要するのだ。一刻も早く娘のもとに帰らなければと思った成美は脱出すべく、男と戦うことを決意する。血塗られた2人の攻防戦は、手に汗が滲むほどスリリング。どうか、どうか彼女が無事に脱出できますように…と願い、ページをめくる手につい力が入ってしまう。

 だが、攻防戦の先にはさらなる絶望とたくさんの謎が現れる…。物語が進むにつれ、頭の中に浮かんでくる大量の疑問がひとつずつ解明されていくのを見届けると、読者の背筋はより冷えるだろう。圧倒的な筆力で描かれる“狂った情景”が、驚愕の真実を浮かび上がらせるのだ。

“忘れることが罪になる場合があるんだよ、成美さん。その手に感触がなくても、ナイフやロープを使わなくても、人は人を死に追いやれる。”

 そう語る謎めいた男は、成美の奥底にある記憶の蓋を開け、ある“重罪”を思い出させようとする。果たして、彼女が忘れてしまった罪とは何なのか。また、男の正体とは? 疑問符が絶え間なく思い浮かぶ本作は、一気読み必至だ。

 本作は戦慄するようなストーリーだが、人間が持つたくましさや強さに胸が熱くなる作品でもある。母親という、世界にたったひとりの存在の大切さをあらためて実感し、書籍タイトルにもある「ママ」という2文字が心に染みるのだ。

 そして、同時に思う。私も“忘却”という罪を、知らぬ間に犯していないだろうか? 怖くなって自身の過去を振り返ってみるが、「心当たりがまったくない」ことで逆に恐怖が募ってしまう。無自覚な罪は一体どんな隙間に生まれてくるのだろうか。

文=古川諭香