「おおいおおい」の呼び声に振り返ってはいけない…恐怖と郷愁の不思議な里山怪談ショートショート

文芸・カルチャー

公開日:2020/2/1

『里山奇談 あわいの歳時記』(COCO、日高トモキチ、玉川数/KADOKAWA)

『里山奇談 あわいの歳時記』(COCO、日高トモキチ、玉川数/KADOKAWA)は、「怖さ」と「郷愁」が感じられる、なんとも不思議な小説だ。

 2、3ページほどのショートショート作品がいくつも収録されている本作。春、夏、秋、冬に区分されており、それぞれの四季を感じられるお話が詰まっている。ゾワッ……とするものから、じんわり胸が熱くなるような「いい話」まで。小説らしいものから、伝聞伝承、実体験(ノンフィクション)のような雰囲気のものまで、作品は実に様々だ。

 けれど、夜中トイレに行けなくなるような恐怖ではないし、気分を害するほどの後味の悪いホラーでもない。なので、そういうおどろおどろしい恐怖小説は苦手だけど、ちょっと怖い物語を読んでみたいという方でも安心して読めるのではないだろうか。

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 もちろん、根っからの怪談好きが物足りなさを感じる一冊ではない。怖さ不気味さはしっかりあり、むしろその味わいを「やや変化球の怪談」として楽しんで読んでもらえると思う。

「いい話」の中に、怖さを感じる作品として、個人的に好きだったのは「春の野歩き」と「忘れ得ぬもの」だろうか。「春の野歩き」は、野花が咲き、虫の舞う里山の長閑な情景が目に浮かびつつ、どこか「不穏さ」を滲ませているお話だ。「忘れ得ぬもの」は、描写を具体的に想像すると、かなり怖い絵になるのだが、主題となっているのが「子を想う親の強い愛」だと思うと、じん……と胸が熱くなる。

「怖さ」の面が強かったのは「がりがりがり」と「おおいおおい」。「がりがりがり」は、バイト仲間とトンネルで肝試しをしていると……という、一見「よくある心霊話」ではありつつ……少し違った印象を受ける話。「おおいおおい」は、山歩きの最中に起こった出来事。山中から聞こえる、誰かの「おおい」という呼びかけには、反応してはいけないらしい。その理由は…。

「いい話」として好きだったのは「故郷の夜」「鳥の墓」。「雪虫」は“おまじない”の話。不思議で、どこかロマンチックな印象を受けた。

 個人的ベストは「振り返ってはいけない」だ。これは、とある地方に伝わる「節分」の話なのだが…。話し手の楠(くすのき)先生は昔、その地域独特のやり方をしている少し変わった節分の最中に「振り返ってはいけない」というタブーを犯してしまったことがある。興味ぶかいのがこの話、「振り返ると、そこにいたのはなんと…………!!!」。

…血みどろの女がいたとか、世にも恐ろしい妖怪がいたとか、そういう恐怖ではない。一番怖いのは、その話を「不可解な笑み」を浮かべながら話す楠先生だよ……と思って、なんだかゾッとしたのだ。

 故郷を想うような、懐かしい美しさの中に、「恐怖」という異質な感情を与えてくれる本作。その異質さがあるからこそ、里山の情景が、より一層美しく感じるのかもしれないけれど……。

文=雨野裾