「もっとできることがあったんじゃないか…」という後悔――緩和ケアナースとともに考える、大切な人の見送り方

マンガ

公開日:2020/2/18

『大切な人が死ぬとき 私の後悔を緩和ケアナースに相談してみた』(水谷緑/竹書房)

 どんなに心を尽くしても、必ず後悔が残るのが大切な人との死別だ。『32歳で初期乳がん 全然受け入れてません』(竹書房)のなかで著者の水谷緑さんは、6年前に膵臓がんで亡くした父のことをふりかえり「人って突然死ぬんじゃない だんだん死んでいくんだ」ということ、そして「人はマジで死ぬ」のを実感したのを語っている。そのときの経験をもとに新たに描かれたのが『大切な人が死ぬとき 私の後悔を緩和ケアナースに相談してみた』(竹書房)だ。

「死んでゆくのは大変だなぁ…」とつぶやいていた父、「がんばれない…」とふだん見せない弱音を吐いた父、「家に帰りたい」と強く主張した父。そのどれもに戸惑うばかりだったけど、もっとできることがあったんじゃないか、どんな言葉をかけてあげるべきだったのかと、あとから湧き出る後悔を読者と共有するだけでなく、緩和ケア病棟で働くナースからさまざまな形で死と向き合ってきた患者の話を聞くことで、残された時間をいかに過ごすべきかを探ってく。

 呼吸が止まりかけているのがわかると、どうしても取り乱し、心電図の動きにばかり釘づけになってしまう。水谷さんもそうだった。だが、心電図は、その人ではない。目の前で人生を終えようとしている人の手をとり、最後まで聞こえているはずの耳に語りかけ、ともに死を味わう手助けをすることが役目なのだとナースは言う。

〈亡くなっていく過程を見届けることは 逝く人と遺る人 最後の関係をつくっていくこと〉なのだと気づいた水谷さんは、もう少し腰を据えて見守ることができていたら父の恐怖は和らいでいただろうか、と思う。そんなふうに、相手のことが大切であればあるほど、ふりかえるたび、時間が経つほど、新しい後悔を見つけてしまう。それでも、最後まで寄り添うことができた事実と、くりかえし思い出して存在を胸に刻み続けることが、水谷さんを救いもする。

 突然つきつけられた死の宣告に、泣き叫ぶだけ泣き叫んで、治療をはじめたあとは弱音を吐かず、最後まで生をあきらめずにまっとうした患者。自分の人生を静かにノートに書き綴り、最後に家族への感謝を遺していった患者。最後まで仕事して、自力で食事し、あたりまえの日常を貫いていた患者。がんばらなきゃ、と言い続けることでおそれを押し殺し、ひとりで戦い続けていた患者……。

 自分は死ぬ、という恐怖はたとえ家族であっても理解することはできない。大切な人を失う悲しみは知っていても、その感情は自分だけのもので誰とも共有することはできない。だから、どんなに怖くても「どう生きたいか」も「どう寄り添うか」も自分で決めなくてはいけない。必ず後悔は残るからこそ、心に嘘をつかず死と向き合っていくしかない。いずれ大切な誰かと別れるとき、そして自分と別れるときのために、どう生きるべきか。逃げずに静かに、考えたい。

文=立花もも

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