シリーズ累計39万部突破! 和菓子職人×和菓子のお嬢様の名コンビに新たなライバルが出現!?

文芸・カルチャー

公開日:2020/4/22

『いらっしゃいませ 下町和菓子 栗丸堂 「和」菓子をもって貴しとなす』(似鳥航一/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 言葉では表しきれない思いを表現してくれるもの。それが日本人にとっての和菓子なのではないかと思う。素朴ながらも、多彩な形。上品な甘さ。深みのある味わい…。小さな和菓子の中には、思いやりの心がそっと練りこまれている。時代を経るごとに求められる革新と、守り続けねばならない伝統。その狭間で、和菓子職人たちは日々鍛錬を積み、至高の味を求めて、試行錯誤を重ねている。

『いらっしゃいませ 下町和菓子 栗丸堂 「和」菓子をもって貴しとなす』(似鳥航一/メディアワークス文庫/KADOKAWA)は、そんな和菓子職人たちの思いが垣間見られる作品だ。本作は、シリーズ累計39万部突破の大人気シリーズ「下町和菓子 栗丸堂」の待望の最新刊でもある。東京・浅草で4代続く老舗和菓子屋兼甘味処「栗丸堂」を継ぐことになった青年・栗田仁と、和菓子に精通し、鋭敏な舌をもつ「和菓子のお嬢様」こと鳳城葵。彼らが織りなす和菓子をめぐる人情劇は、読めば、ほのぼのと温かい気持ちにさせられる。

 最新刊では「栗丸堂」は訳あって休業に…。落ち込む栗田だったが、せっかくできた空き時間を利用して、葵と奈良旅行に出かけることになる。付き合いたての栗田と葵の初めての泊まりがけの旅行だが、2人は、奈良でも和菓子にまつわる厄介な事件に巻き込まれることになるのだ。

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 キーパーソンとなるのは、上宮暁。旅行先で訪れた和菓子屋で偶然出会ったこの男は、葵と因縁のある人物らしい。「和菓子の太子様」の異名をもつこの男の和菓子作りの才能は、関西随一。かつては、葵とライバル関係にあったようだ。今では和菓子の世界からは離れているらしいが、彼の作った和菓子の味を求める声は後を絶たない。栗田は、葵に親しげに話しかける上宮にヤキモキさせられる。だが、栗田の思いなどつゆ知らず、上宮はマイペースに、栗田や葵を振り回していくのだ。

「死んだ恋人と食べた思い出の味『太子の蘇』を再現してほしい」と上宮の実家の和菓子屋を訪ねてきた女性客。共同経営者である恋人が行方不明になってしまったという「わらび餅」の移動販売店店員。アルツハイマーが進行している母親の思い出の味「栗饅頭」を作りたいと、上宮に弟子入りを志願している和菓子職人…。そんな悩める人たちを前に、上宮は忽然と姿を消し、代わりに栗田や葵が彼らの相手をする羽目になる。普段は天真爛漫、天然発言連発の葵だが、和菓子のこととなれば、別人のよう。類まれなる知識量で蘊蓄を披露し始め、栗田はその情報を元に、悩める人たちの求める和菓子を作り上げようとするのだ。

 だが、人を感動させる味を作り上げるのは、並大抵のことではない。それは、人の期待を超えるものを提供しなければならないからだ。特に、思い出の味の再現ともなれば、そのハードルは格段に上がる。記憶はどれだけ美化されているか想像もつかない。どうやって食べる人に感動を与えるか。栗田と葵の試行錯誤は続いていく。

 わずかな工夫で、格段に変わる味わい。和菓子職人たちは、小さな和菓子に、こんなにもいろんな思いを込めていたのか。あなたもこの“おいしい人情物語”を味わってみてはいかがだろうか。この本を読んでいると、無性に和菓子が食べたくなってくる。そして、何だか、和菓子に込められた数々の思いに、優しい気持ちにさせられるのだ。

文=アサトーミナミ

『いらっしゃいませ 下町和菓子 栗丸堂 「和」菓子をもって貴しとなす』作品ページ