プロ棋士になれなかった若者たち…『聖の青春』作者が描く元奨励会員のその後の人生とは

文芸・カルチャー

更新日:2020/10/23

将棋の子
『将棋の子』(大崎善生/講談社)

 将棋界の最年少記録を次々と更新している藤井聡太二冠。彼の華々しい活躍は多くの人の注目を集めている。だが、勝者がいれば、必ず敗者もいる。藤井聡太二冠のような天才棋士がいる一方で、プロ棋士を目指しながらも夢やぶれて将棋界を去っていく者もいるに違いない。

 大崎善生著『将棋の子』(講談社)は、プロ棋士になれなかった青年たちの苦闘の日々と、その後の人生を描き出したノンフィクション作品。大崎善生氏といえば、雑誌『将棋世界』の元編集長であり、29歳で亡くなった棋士・村山聖の生涯を綴った『聖の青春』でも知られる作家だ。『将棋の子』は、将棋界を長く取材し続け、多くの棋士たちと信頼関係を築き上げてきた大崎氏だからこそ描けた作品といえるだろう。将棋界を去ることになった青年たち。その挫折の先に待ちかまえている非情な生活に、大崎氏は優しい眼差しを向ける。

 この物語の中心として描かれるのは、大崎氏の同郷、札幌出身の成田英二。彼は母とともに上京し、日本将棋連盟のプロ棋士養成機関・奨励会の会員となった。そこは、全国各地から将棋の“神童”たちが集まる場所。入会するのにもかなりの実力が必要だが、入会できたとしてもプロになれるのは、1年間でわずか4名。おまけに、21歳までに初段、26歳までに4段、という年齢制限があり、その年齢までに昇段できない者は奨励会退会となってしまう。羽生善治を筆頭とするライバルたちの存在。父親の死や母親の病など家族を見舞った不幸。年齢制限という重圧。焦燥感…。結果、奨励会を退会することになった成田は、その後、どんな人生を歩んだのか。大崎氏が11年ぶりに成田との再会を果たした時、成田は40歳。借金を重ね、すっかり行き詰まっているところだった。

advertisement

 奨励会員には、学歴もなければ、資格もない。将棋しか知らないのに、その夢も破れてしまえば、その先どうすれば良いのかもわからない。大きな挫折の後、どう這い上がるのか。この物語を読めば読むほど、夢破れた者たちにとって、将棋とは何だったのだろうかと考えさせられる。将棋とは悪なのか。つらい挫折を味わった彼らの姿をみるとそんな考えが頭をよぎるが、成田はどうしてか明るい。

「将棋がね、今でも自分に自信を与えてくれているんだ。子供のころから夢中になってやって、大人にもほとんど負けなくて、それがね、そのことがね、今でも自分に自信をくれているんだ」

 そんな成田の予期せぬ言葉に思わず涙腺が熱くなるのは、きっと私だけではないだろう。そして、それに続く大崎氏の言葉にも胸が温かくなる。

アマであろうとプロであろうと奨励会員であろうと、将棋はそれをやるものに何かを与え続けるばかりで、決して何も奪うことはない。しかも、それに打ち込み夢を目指した少年の日の努力や鍛錬は、大きな自信となって彼らの胸の中で生き続けているのだ。

 天才棋士たちの活躍の裏には、多くの人の涙があったに違いない。この本を読み、奨励会員たちの苦悩を知れば知るほど、今、プロとして活躍している棋士たちの強さが身に染みてわかるようになる。将棋ブームの今だからこそ、勝者だけでなく、敗者の物語にも目を向けてみてほしい。将棋界の厳しさを知れば知るほど、将棋の奥深さを知れるような気がする。

文=アサトーミナミ