PMSでイライラを抑えられない彼女。パニック障害の彼――人生は想像より厳しいけど、光もある。瀬尾まいこ『夜明けのすべて』

文芸・カルチャー

更新日:2021/2/8

夜明けのすべて
『夜明けのすべて』(瀬尾まいこ/文藝春秋)

 PMS――月経前症候群。男性にはいまいち想像しづらいうえに、女性同士でも症状の軽重に差があるため、つらさを理解してもらいづらい。ねむい、だるい、イライラする、といった、言葉にすればただの怠惰に聞こえるような症状が多いせいもあるだろう。だからこそ、何をやっても制御がきかないそれらに何十年もつきあっていかなきゃいけない人たちの苦しみはいかばかりか。

 瀬尾まいこさんが本屋大賞受賞後第一作として上梓した『夜明けのすべて』(文藝春秋)の主人公、藤沢さん(28歳)も、10代のころから重度のPMSに悩まされているひとりだ。

 藤沢さんの場合、生理前になると、些細なことにも歯止めのきかない怒りがこみあげる。同僚の山添くん(25歳)が炭酸飲料のペットボトルの蓋をあける音が急に気に障ったように、降ってわいたようなイライラを、相手に徹底的にぶつけて当たり散らすまでおさまらないのだ。しかも周期は予測しづらく、なるときには予感もない。社会人にとっては致命的である。

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 できる対策は全部とった。病院には通っているし、漢方やサプリを飲み、太極拳にヨガ、ピラティス、鍼も整体も試し、オーガニックな食事にもこだわった。それでもイライラと、その後襲ってくるめまいや冷えは軽減されない。そして社会人一年目、上司に怒りをぶつけてしまい、やむをえず強めの薬を試してみたら、制御のきかない眠気が襲ってきて仕事中に眠ってしまった。結果、藤沢さんは、たった2カ月で退職するはめになってしまう。

 その後、藤沢さんは事情を理解してくれる今の会社、栗田金属に再就職を決めるけれど、それはやりたいこととか、望む手当とか、いろんなものをあきらめた末の選択だ。PMSを受け入れてくれるだけあって、栗田金属がとても働きやすい、居心地のいい職場であることとは、また別の話。いつまで自分はこの症状に苦しめられるのかといううっすらとした不安と絶望を抱えながら生きるのは、とても孤独なことだろう。

 ところがあるとき藤沢さんは、やる気のないだけの青年だと思っていた山添くんが、パニック障害を患っていることに気づく。なんとなく同志のような気持ちで手を差し伸べてみた藤沢さんだが、山添くんには「PMSよりパニック障害のほうがつらいに決まっている」といわれてしまう。いつパニックを起こすともしれず、簡単な外出さえままならなくなってしまった自分が、月に一度イライラするだけの藤沢さんと同じであるはずがないと。

 それに対し、藤沢さんは言う。「そっか。病気にもランクがあったんだね」。それを聞いて山添くんは思いなおすのだ。「俺はPMSどころか生理のことも知らない。実際は想像以上にしんどいのかもしれない」と。

 どんなに大したことないように聞こえても、本人にとっては地獄のような苦しみかもしれない。気にするな、我慢するな、なんて誰にも言えない。相手がもがき苦しんでいることを前提に、どうすれば仕事や状況がうまくまわるのか、一緒に考えることが大事なのだろうと本書を読んでいて思う。

 最初はちぐはぐだった2人の関係だが、やがて足りないところを補いあいながら、試行錯誤をくりかえして状況を改善していく。できないことばかりを探して落ち込むのではなく、今の自分たちにできることを見つけて希望を見出していくのだ。現実はそう簡単にうまくいかないし、けっきょくは自分でどうにかするしかない。けれど自分の幸せを祈ってくれる人の手をとることで、勇気には変えられる。そしてその勇気を自分も誰かに手渡すことで、祈りの連鎖が生まれていく。それが人を生かすのだ、という希望の光を、本書に見た気がした。

 なお、本作は、瀬尾さん自身が2年前にパニック障害を発症した経験をきっかけに書かれたもので、発行元である水鈴社のホームページには、3枚にわたる瀬尾さん直筆のお手紙が寄せられている。そちらもあわせて、ぜひ読んでみてほしい。

文=立花もも