幽霊が見える少女と犯罪社会学のプロフェッショナルのコンビ誕生! 『破滅の刑死者』の著者が放つ最新ミステリ

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/26

犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱
『犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱』(吹井賢:著、カズキヨネ:イラスト/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 京都の大学で教える若き准教授、椥辻霖雨。彼のもとに遠縁にあたる少女、姫子が現れ、同居することに。右目に眼帯をつけた姫子は、誰にも言えない秘密を抱えていた。それは「死者を見ることができる」というもの。ある自殺事件に彼らは遭遇し、霖雨は研究者として、姫子は異能者として、それぞれの理由からこれは自殺ではないと確信する――。

『破滅の刑死者』で第25回電撃小説大賞・メディアワークス文庫賞を受賞し、同シリーズは重版を重ねる大ヒットとなったサスペンス・ミステリ界の期待の新鋭、吹井賢さん。『破滅の刑死者』でもおなじみのイラストレーター、カズキヨネさんと再び組んだ新作が『犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)だ。

 ミステリの舞台としてうってつけの町・京都。狂言回しにして主人公の椥辻霖雨は、社会学の観点から犯罪と自殺を研究する学者だ。黒縁眼鏡に黒い服、端整な容姿ながら目つきが悪く、そして衒学家。『破滅の刑死者』のダークヒーロー、トウヤとはまたタイプの異なる曲者である。そんな霖雨と行動を共にする姫子は、親戚の家をたらい回しにされてきた複雑な事情があることに加え、幽霊を見ることのできる能力のため、生きづらさを感じている。

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 シングルマザーの首吊り自殺が起きた家で、助けを求める子どもの幽霊を見てしまう姫子。「お母さんを助けて」と訴える小さな死者の声を放っておけない姫子に請われ、霖雨は探偵の真似ごとをする破目に。調べていくうち、事件の起きた家では過去にも2度、子どもを持つ女性が首吊り自殺をしていたことが判明。知る人ぞ知る怪談として、“旧七本松通の首吊り町屋”と呼ばれていたのだった。

 はたしてこれは自死か殺人か、それとも場所にかけられた呪いの所為なのか……。

 著者は大学院で社会学を専攻した経歴を持ち、『破滅の刑死者』でもサスペンス・ミステリという形の中に、私たちの生きる社会の病理や矛盾を落とし込んできた。本作ではそれがより前面に押し出されて、オカルト的な要素を含んでいながらも世界観は限りなくリアルだ。

 ひとり親家庭の孤立、そして自殺。この国が恒常的に抱えている問題を反映させたかのような事件に、霖雨と姫子は踏み込んでいく。その過程で少しずつ互いを知り、つかず離れずの、保護者とも被保護者ともつかない関係を築いていく。

 自殺の専門家である霖雨と、死者を見ることのできる姫子。彼らの共通点は「死」だ。2人とも死にまつわる出来事にかつて遭遇したことがあり、そのため自分のどこかが決定的に変わってしまった。

 暗闇に光を当てたとしても、そこに在るのは虚無だけかもしれない。

 誰かの傷を癒そうとして、自分まで傷付いてしまうこともある。

 そのことを誰よりもよく知る霖雨は、事件に関わったことで自らの心を試される。全ての真相を明かし、闇に隠されていた真実を白日の下にさらして、探偵としての覚悟を引き受ける。

 社会学の観点からこの社会における謎(ミステリ)を描く。著者のそんな確固とした意志が伝わってくる。

文=皆川ちか

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