『愛の不時着』リ・ジョンヒョクは「理想の男性像」――韓国ドラマがより楽しくなる韓国文化エッセイ

文芸・カルチャー

公開日:2021/3/4

「不時着」しても終わらない
『「不時着」しても終わらない』(黒田福美/主婦の友社)

 韓国ドラマを観ていると、度々文化の違いに驚くことがある。たとえば食事のシーンで、口を開けて音をたてながら食べる場面。日本であれば「クチャラー」と揶揄されるものだが、韓国ではそれが日常的な風景として描かれている。そういった細かな部分もあれば、物語の根幹に関わってくる登場人物たちの言動から滲み出る儒教的な価値観もある。アジア圏で文化が近しい国だからこそ、むしろ大小さまざまな違いが際立って感じられるのだ。

 そうした意味では、韓国ドラマを観ることは韓国文化を学ぶ上で得られるものが多くあるのかもしれない。まさにその「韓国ドラマ」を用いて、韓国と日本の文化の違いを読み解く本が発売された。黒田福美氏著『「不時着」しても終わらない』(主婦の友社)だ。

 著者の黒田氏は俳優として活動する一方、80年代から韓国への往来を始め、三十余年にわたり、放送、著作物、講演などを通して韓国理解を深めてきたエッセイストでもある。2011年には韓国政府より「修好章興仁章」を受勲し、韓国関連の著書や翻訳を多数手がけてきた。

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 そんな彼女が観る『愛の不時着』は、だからちょっと一味違う。

 韓国からとあるアクシデントにより北朝鮮に不時着してしまったユン・セリ(ソン・イェジン)。彼女を助け、寄り添い続けた北朝鮮の大尉リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)。ふたりを分かつ南北境界線により、切ないラブロマンスが繰り広げられる。ダイナミックなアクションや、シリアスな場面の中に差し込まれる絶妙なユーモア、そして何よりもふたりのロマンチックな関係性が多くの視聴者を魅了した。

 もちろん、それだけでも十分面白いドラマだが、そのあとにこの本を読んでみると、またこの作品の違った側面が見えてくるかもしれない。

 そこには、たとえばジョンヒョクという男がなぜこれほど魅力的な男性として演じられたのか、という点を韓国の「理想の男性像」から紹介したり、作中で洋服やアクセサリーで着飾り金持ち自慢をする人たちを韓国独自の価値観から分析したりするなど、私たちがなんとなく気になりつつもスルーしていた部分を細やかに見直していく。

 たとえばジョンヒョクの魅力については、日本映画『鉄道員(ぽっぽや)』が韓国で大ヒットした過去の例をもとに、韓国では「寡黙で凛々しい男」が理想の父親像であると分析する。それもただヒットの理由を推測したのではなく、自身の韓国の友人から「あれこそが韓国の理想の父親像だ」という話を聞いた上で論じる。友人曰く「寡黙に、すべてを胸のうちに秘めている姿に美学を感じる」という。その言葉に、『愛の不時着』を観た人々は自然とジョンヒョクの姿を思い出す。

 ただドラマをなぞるだけではない。著者が足を使って今まで自身の中に蓄積してきた韓国文化の知識が、『愛の不時着』を題材にしてより広い層へと届くものとなっている。ドラマを観たあとにうってつけの1冊だろう。

文=園田もなか