街を脱出し山奥開拓で幸せに? 『山暮らしニート、ひとりで家建てます。』は山暮らしの楽しさと過酷さを描いたリアルコミックエッセイ

マンガ

公開日:2021/7/9

山暮らしニート、ひとりで家建てます。
『山暮らしニート、ひとりで家建てます。』(カトーコーキ/竹書房)

 東日本大震災を契機に移住を繰り返し、東京でウツウツとした生活を送っていたマンガ家・カトーコーキ氏。彼は一念発起し、俺は社会不適合だし都会は金がかかる! と山奥で暮らす決意をする。そこから、家を建てるまでを描いた『山暮らしニート、ひとりで家建てます。』(竹書房)が発売された。

 たったひとりで小屋を建てることの過酷さ、極寒の山暮らし生活、山で出会った人々とのかかわりを描き、ときには孤独からの気持ちの落ちこみなどでさえ、面白おかしく描写しているリアルコミックエッセイだ。

山暮らしニート、ひとりで家建てます。

 最初は「自由を手にする代償は高くつく」と感じた。しかし読んでいくにつれ、

「大自然に囲まれ、他人に惑わされない優雅な暮らしを、自分の手で作り上げる」

 この一心で奮闘するカトー氏を心から応援したくなっていった。


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そうだ、山奥に自分で家を建てて暮らそう

 2011年、東日本大震災が起こり、福島第一原発から30キロ圏内の故郷に住んでいたカトー氏は、函館へ移住する。美容専門学校へ2年通って資格を取得し、東京で美容師として生活を始めた。

 だが被災や故郷の喪失、「亡くなった父からの虐待の記憶」などの影響により、いわゆるウツになり退職し、ニートとなってしまう。それからカウンセリングを受け、自分と向き合いエッセイマンガを描けるほど回復。2016年には単行本『しんさいニート』(イースト・プレス)を発売した。それから数年、細々とマンガ家を続けてきたカトー氏の“転機”を描いたのが本作だ。

山暮らしニート、ひとりで家建てます。

 マンガを描いても得られるお金は少なく、何より都会暮らしに疲れ果てていた彼は、「田舎で安い土地を手に入れ自分で小屋を建てれば、生活費を下げて身の丈にあった暮らしができるのでは?」と思いつく。

 そして長野県で0円の土地を見つけ手に入れた。東京から約3時間、山奥のその土地には、故郷・福島を思い起こさせる星が降り出しそうな夜空があった。だが…。

山暮らしニート、ひとりで家建てます。

 明け方、あまりの気温の低さに目が覚めたカトー氏。しっかりしたキャンプ用具を用意していたのだが、長野の山の寒さは予想の斜め上だった。マイナス15度と東京では考えらない気温になるのだ。山暮らしは、感動もつかの間、寒さに凍えるところからのスタートに。

山暮らしニート、ひとりで家建てます。

 まずカトー氏は四畳の小屋の建築から始める。「基礎と土台を作り2×4構法によって建てる」という。作中ではこれをさらっと説明しているが(実際の作業はかなりハードだったものの)はっきりいって凄いという感想しかない。

 決断からの行動力と、具体的な実行力は、半端ではない。彼は内装屋のバイトの経験があり、最初だけ友人の手を借りた。ただそれにしても“DIY好き”の域などはるかに超えた、工務店の職人級の技術と知識をみせてくれる。

山暮らしニート、ひとりで家建てます。

 カトー氏はひとりで懸命に小屋のセルフビルドをすすめる。本作は超実用的な情報が満載である。2×4構法という建築方法、屋根の種類、その屋根を支える垂木、屋根や壁の防水加工、塗装。これらが分かりやすく絵と文字で説明されていく。

山暮らしニート、ひとりで家建てます。

 加えて「山暮らしニートの道具紹介」という、カトー氏が実際に使った機器をレビューするミニコラムも収録している。

山暮らしニート、ひとりで家建てます。

 4畳程度の小屋であっても、ひとりで建築するのは想像以上に時間がかかった。もう11月も終わる……このままテントで夜を過ごすのには危険なほどの寒さ。カトー氏は自分を奮い立たせ、体にむちを打って作業を続ける。

 やがてその日がやってきた。

 ひとまず暮らす小屋が完成したのだ。「生まれて初めて建てた」というのはにわかには信じられないが、思わず拍手をしたくなった。

新たな野望とトホホなトラブル、カトー氏の挑戦は続く

山暮らしニート、ひとりで家建てます。

 カトー氏はこの小屋をベースにし、6畳の母屋を建てるつもりだったが、固定資産税がかかるし、どうせなら……と12畳の家を建てることを決める。作業を始め、再度基礎を作り、防水シートを張り終えた時点でもう2月。すでに3カ月の時間を費やしていた。冬は寒さで体力を奪い、日照時間も短く作業の進行スピードは遅延するのである。

 災難? も続く。生命線であった中古の自家用車が不調に陥り借金が増えた。また割りたての薪(乾燥しきっていない)がストーブでうまく燃焼せず、さらにそのストーブの煙突の長さの問題で危うく自分が燻製に……。

 命を失う危険のなか、果たして無事に母屋は完成するのか? ハラハラして読んでいくと、本作はある意味衝撃的な結末を迎えることに……。これはぜひ本編で確かめてみてほしい。

 紆余曲折あり長野に流れ着いたカトー氏だが、山に家を建てて暮らしたことが彼の転機となったのは間違いない。本作とほぼ同時期に発売された『そして父にならない』(イースト・プレス)を併せて読むと、この時期に長野で人生を変える運命的な出会いを果たしていることが分かる。

 カトー氏は、自分は社会に適合できない人間だと言う。生きづらく、ひょっとすると身の置き所を今も探し続けているのではないだろうか。だが本作を読む限り、挑戦する気持ちは人並み以上で、行動力と実行力は簡単に真似できるレベルではないと感じた。

 体……だけではなく心身を張ったチャレンジの記録を、ぜひ読んでほしい。

文=古林恭

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