あなたは映画を作りたい側の人間――『海が走るエンドロール』は65歳女性が創作に目覚める物語

マンガ

公開日:2021/10/9

海が走るエンドロール
『海が走るエンドロール』(たらちねジョン/秋田書店)

「あなたは映画作りたい側なんじゃないの?」御年65のうみ子は初対面の学生にこう言われ、創作の波にのまれた。

『海が走るエンドロール』(たらちねジョン/秋田書店)の、文字通り“波”に誘われる場面が描かれたエモーショナルな第1話。それがTwitterに投稿され大きな反響を呼んだ。

 今すでに来ている、さらにこれから来るだろう話題作。これはすべての人が“創作の海から寄せる波”にのまれる可能性を提示した物語である。

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“波”にのまれた65歳の新たな人生は……映画制作!

 夫を亡くし四十九日が過ぎたある日、茅野うみ子(ちのうみこ)は映画館を訪れた。夫との最初のデートで映画を観たことを思い出し、ぶらっと行ってみたのだ。

 そこで彼女は美大の映像科に通う、海(カイ)と出会った。彼はうみ子に「観てましたよね、客席」と言う。それは初デートで夫に言われた言葉と同じだった。うみ子は確かに上映中、周囲を見る。それは単なるクセのようなものだと思っていた。カイはその理由をこう説明する。

うみ子さんさぁ
映画作りたい側なんじゃないの?

客席が気になるの
自分の作った映画が
こんなふうに観られたらって考えちゃってさ

今からだって死ぬ気で
映画作ったほうがいいよ

「客席を見たくなるあなたは自分と同じで、映画が好きで、作りたい人のはず」と言われるうみ子。実はその言葉こそ、カイが過去に言えなかったものなのだが……彼女はまだそれを知らない。

 いずれにしろ、うみ子は突然投げかけられた言葉に戸惑う。映画を見るのすら数年ぶりで、映画制作など考えたこともなかったからだ。

 しかしこのときから、うみ子は足元をさらう“波”を感じるようになる。

 そのあともカイのことを考え、彼と会うたびに“波”のイメージは現れた。「自分が映画を撮るなら……」ついにそんな風にも考え始める。かくして「好きなことしたらいいじゃん」と娘(ちなみにBL作家)にも言われ、彼女はカイのいる美大の映像科に入学した。

 カイは前述の通り彼女にシンパシーを感じ、年齢など気にせずに、うみ子を創作者の道へ引っ張り込んだ。ただ前へ進んだのは、確かな決意をもって“波”に流された彼女自身である。65歳、映画制作に挑戦する新しい人生を歩みだす――。

気づくことができたなら、誰でも創作の海へ船を出していい

 カイはうみ子の中で「懐いてくれたネコ」という印象で、2人の仲の良さは非常にほほえましい。2人が本物の海で話している場面は、不思議な尊さと“エモさ”がある。

 ただ本作は、やはり単なる映画好きの日常マンガではない。

 繰り返し描かれる“波”のイメージは創作への誘いだ。それにのまれたうみ子は「作る人と作らない人の境界線って何だろう」とカイへ問い、自ら答える。「私は船を出すかどうかだと思う。誰でも船は出せる。目の前に海があることに気づけば」と。

“作りたい”感情は誰にでも湧く可能性がある、と彼女は言ったのだ。うみ子は撮影を始めて作りたいものを明確に自覚する。「作りたくなったらまずは始める」のが重要なのだ。

 スマホのような制作ツールや、SNSのような発表の場もお手軽になり、今は“作れない理由がない”時代である。誰でも、何歳でも、クリエイターになっていい。もちろん「売れるか売れないか」は関係なく、あくまで「創作する」ことにフォーカスした話だ。

 ある日あなたの頭の中にエンドロールが流れてくるかもしれない。それはあなたの今が終わることを意味し、続いて新しい次の物語の幕が開く。そのときにもし“波”を感じたなら、まずは作り始めてほしい。船さえ出して前へ進めば“あなたが何者であっても作っていい”のである。

文=古林恭

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