イチローの番記者の取材ノートから、メジャー19年間の戦いをひもとくノンフィクション!

スポーツ・科学

公開日:2021/10/17

イチロー実録 2001-2019
イチロー実録 2001-2019』(小西慶三/文藝春秋)

 日米の野球界で伝説的な記録を残したイチロー。現役引退後もシアトル・マリナーズの「会長付特別補佐兼インストラクター」という職を軸に、様々なアプローチで野球を追求し続けるなど、他の選手とはひと味もふた味も違う道を歩んでいる。

 本書『イチロー実録 2001-2019』(文藝春秋)はそんなイチローを記者として追い続けてきた著者、小西慶三氏の取材ノートからイチローのMLB1年目から引退までの歩みを抽出、構成した『Number』の人気連載を書籍化した1冊である。

「BACK TO MARINERS」6年ぶりのマリナーズ復帰を果たしたイチロー選手の大特集号
(2018年4月発売)

『Number』が報じてきた20歳のイチローから45歳のICHIROまでを収録した永久保存版
(2019年12月発売)

 いわゆる「イチロー本」は世に多く、その中身も「直球」のインタビュー集から、なかばこじつけにも思える関連本まで多種に及ぶ。では本書の特長は何か。それは著者の主観がほぼ入ってこない、メジャーリーガー、プロ野球選手としてのイチローの詳細な「観察日記」である点だ。19シーズンにも及ぶメジャー生活で、イチローが最高のパフォーマンスを発揮するために、どのような思考、行動で練習やプレー、あるいはその生活に取り組んできたか、その変化、進化を味わえる。1章1年、全19章という構成も、シンプルながら「歩み」を把握し、思いをはせるという意味では読みやすい。

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「観察」の中身に関しても太鼓判を押せる。誰もが記憶している名場面から、密着をしている人物ならではの些細なシーンまで過不足なく、イチローの凄み、舞台の裏側、意外な一面を堪能できる。

 たとえば……と例を挙げたいところだが、内容の質の高さは、本書に描かれている小西氏がイチローを深く「観察」するきっかけとなったエピソードが保証する。

 イチローがまだ日本でプレーしていた1994年、オリックスの担当記者だった小西氏は、キャリアの浅い時期だったこともあり、イチローと偶然、1対1となったとき、「何かを聞かなくては」と焦り、目に付いたイチローのある道具について「トボけた問い」(本書より)をしてしまい、イチローから「何を見ているんですか。練習でしかつけていないですよ」とキツい一撃を食らう。その夜、なかなか寝付けなかった小西氏は、翌日の試合前にイチローに「これからはしっかり見ます。昨日はすいませんでした」と謝罪。以降、小西氏はイチローの前では常に気持ちを張り詰めて取材をするようになったという(ちなみにイチローは前夜の一件をすっかり忘れていたそうである)。

 だが、それ以降もイチローは小西氏が気を緩めた質問や言葉を投げかけると、「長い間(担当記者を)やってきて、そんなこと聞きますかね」(本書より)といった容赦のない回答を返した。

 一つ、断っておきたいのはイチローのそういった姿勢は、小西氏だけではなく、全ての記者に対して平等であることだ。プロフェッショナルとして妥協なく野球に取り組むイチローは、記者にもプロフェッショナルな仕事を求めるのは有名な話である。そんな取材対象者と、小西氏は20年以上、対峙してきたのだ。

 それは「取材」というよりももはや一つの「勝負」。イチローがとことん野球に向き合うように、小西氏も全身全霊をかけて彼の「観察」と「取材」に取り組んできたのである。

「ずっとそんな緊張関係にあったからこそ、20年以上ひとりの選手を追い続けることができたのだろう」(本書より)

 もちろん、次々と想像を超えるプレー、偉業を成し遂げるイチローの魅力は大前提としてあるのだろう。そこから紡ぎ出されるエピソードの数々、面白くないわけがない。

文=田澤健一郎

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