入門編としての『アウトレイジ』の魅力とは? やくざ映画を楽しみ尽くすための基礎講座

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公開日:2021/10/27

やくざ映画入門(小学館新書)

著:
出版社:
小学館
発売日:
やくざ映画入門
『やくざ映画入門』(春日太一/小学館)

 日本映画史を語る上で欠かせないジャンルのひとつ、やくざ映画。過去の名作を遡って楽しむファンもいるが、映画好きでも「怖い」「タブーに触れている」というイメージから、やくざ映画にだけは距離を置いている人も、少なからず存在すると思う。一方で、『アウトレイジ』や『孤狼の血』に熱狂する人々の盛り上がりを横目に、「観たい……でも怖い」と感情を行き来させて、歯がゆい思いをしている人も、もしかしたらいるかもしれない。そんな人に読んでもらいたいのが、映画史研究家の春日太一氏が書いた『やくざ映画入門』(春日太一/小学館)だ。

 本書は、やくざ映画に興味はあるが未見の読者のために、やくざ映画の楽しみ方をまとめた1冊。用語や物語の基本フォーマットなどの概要とその魅力をまとめた「やくざ映画概論」、やくざ映画の始まりから『アウトレイジ』に至るまでを辿る「やくざ映画の歴史」、そしてやくざ映画を彩る俳優や監督を紹介する「やくざ映画俳優名鑑」、「作品の考察」というパートで構成されている。


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 本書のメインメッセージは、「やくざ映画でしか救われない魂がある」。著者はあくまでやくざ映画はフィクションとして楽しむべき、とした上で、主人公が自らの美学を通すための自己完結の物語であることや、俳優たちの暴力的にもコミカルにも振り切れた演技を楽しめること、アウトローなヒーロー性など、その魅力を熱く伝えている。本書の特徴は、やくざ映画を楽しむ上で最低限必要な知識を理解した上で、自分に合った作品を見つけられること。「やくざ映画の歴史」で紹介される時代の転機となる作品や、名優の魅力がもっとも味わえる代表作から、観たい作品を探すのがおすすめだ。

 しかし本書は、入門書としてだけ楽しむには惜しいほどの情報量と深い考察に満ちている。各映画会社のやくざ映画への向き合い方、その最盛期、さらには役者の引退や社会情勢によるジャンルの衰退など、その歴史をひもとくパートは、やくざ映画好きも満足させる濃い内容だ。特に、東映が任侠映画を量産した時代や、やくざ映画界のスター・鶴田浩二と高倉健の全盛期などに関する記述は、当時を知らない人には読み応えがあるはず。やくざ映画をめぐる、今ではあり得ないようなエピソードも紹介されていて刺激的だ。本書内でやくざ映画の魅力のひとつとして紹介されている「禁断の世界を覗き見る好奇心や背徳感をくすぐる」、まさにそれを叶えるようなパンチの効いた逸話に触れることができる。

 最後の章である「作品の考察」では、『仁義なき戦い』などを手がけた脚本家・笠原和夫の作家性と、やくざ映画の入門作としての『アウトレイジ』の魅力を伝える。海軍での厳しい日々や、戦後の苦境を経験した笠原和夫が、権力や社会への不信感をやくざ映画で表現したこと。『仁義なき戦い 頂上作戦』では、1964年の東京オリンピックムードに湧く日本における、大衆社会が掲げる正義に対する「得体の知れない恐怖感」を表現したこと。大衆社会への得体の知れない恐怖感と聞くと、感染症にまつわる様々な正義が対立する、今の時代に通ずるものを感じる。『アウトレイジ』については、ファンはよく知っているところだが、メジャーな俳優による振り切れた演技、怖いやつがひどい目にあう「フリ」と「オチ」の妙、ウェットな感情を排除したテンポ重視の展開など、その特徴が整理してまとめられていて、作品としての完成度の高さを改めて感じる。

 本書を読むと、なぜやくざ映画が一大ジャンルとして人々を熱狂させてきたのかよくわかる。初心者だけでなく、やくざ映画が好きな読者も、本書で伝えられる時代背景や考察を読んでから作品を観直すと、また違った味わいでお気に入りの映画を楽しめそうだ。

文=川辺美希

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