エリート捜査官と連続殺人鬼の奇妙な同居生活。バディを組んで犯罪捜査することになって――!?

文芸・カルチャー

公開日:2021/11/6

この記事には不快感を伴う描写が含まれます。ご了承の上、お読みください。

EAT 悪魔捜査顧問ティモシー・デイモン
『EAT 悪魔捜査顧問ティモシー・デイモン』(田中三五/KADOKAWA)

 ハンニバル・レクターといえば、名作『羊たちの沈黙』に登場する世界一有名な殺人鬼。殺害した人間の臓器を食べることから「人食いハンニバル」と呼ばれる。犯罪者でありながら高い知性と教養を備え、難事件の重要な手がかりを与えることもある。若者言葉を使うフランクな一面もあり、強烈なカリスマ性で熱烈なファンも多い稀代の悪役だ。

『EAT 悪魔捜査顧問ティモシー・デイモン』は、ハンニバル・レクターを思わせる犯罪者が登場するクライムサスペンス小説だ。ニューヨーク市警の特殊部隊に所属する主人公のミキオ・ジェンキンスは、ある晩、通報を受けて急行した現場で「正体不明の怪物」と遭遇する。銃器で武装した屈強な隊員たちが次々と食い殺され、ミキオも必死の抵抗も虚しく重傷を負ってしまう。

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 かろうじて生き残るも怪物の目撃証言を誰にも信じてもらえず、失意の中にいたミキオは連邦捜査局FBIに呼び出され、”ニューヨークの人食い悪魔”と全米を震撼させた殺人鬼ティモシー・デイモンと引き合わされる。57人の男女を殺し、死体を食べていたティモシーは、実は人間ではない人外の怪物だった。この世には空想とされていたモンスターが実在し、人間社会に紛れていることを知らされたミキオは、極秘の人外専門捜査チームEATの一員にスカウトされ、怪奇事件の捜査に関わっていく。ただしミキオの相棒に抜擢されたのは、あろうことか殺人鬼のティモシーだった!

 もう一人の主人公でもあるティモシーは端正な顔立ちをした青年だが、その正体は数百年を生きるウェンディゴだ。ウェンディゴとはアメリカの先住民インディアンに伝わる人食いの怪物。強靭な肉体に骸骨の頭、ヘラジカのような角を持つ魔物で、ティモシーも頭や心臓に銃弾を受けても平然として、すぐに傷がふさがってしまう。捜査に協力することを条件に司法取引で釈放されたティモシーの監視のため、ミキオは彼との共同生活を命じられる。

 人間の肉を主食としながら、愛玩動物のように人間を好む変わり者のティモシーだが、そんな食人鬼が同居人では誰でも落ち着かない。警戒心をあらわにするミキオに対しても、余裕の笑みを浮かべ、とらえどころのない会話で煙に巻き、ときおり賢者のような知性を覗かせる。ティモシーは、パートナーとなったミキオに歩み寄ろうと彼なりの誠意がうかがえたり、理解されない悲しみを抱えていたりと、不思議と憎めないキャラクターだ。

 ティモシーの扱いに戸惑うミキオをよそに、ニューヨークでは警官が食い殺されたり、捕まえた犯人がこつ然と消えたり、血を抜かれた遺体が発見されたりと立て続けに怪事件が発生する。犯行の手口や残された手がかりからノンヒューマン(人ならざる怪物たち)の正体を特定し、追跡、退治する手段を模索していく謎解きの過程が興味深い。そして人間と怪物、捜査官と殺人鬼、決して相容れない二人が事件を通して生まれていく奇妙な友情や信頼関係にも引き込まれる。

 私たちの周囲にも、もしかしたら人外の怪物が潜んでいるのかもしれない。ふと、そんな妄想にかられた。

文=愛咲優詩

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