戦後を生き抜いた80代の元女優と、20代の大学院生の出会い…吉田修一が描く優しさの物語 『ミス・サンシャイン』

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/7

ミス・サンシャイン (文春e-book)

著:
出版社:
文藝春秋
発売日:
ミス・サンシャイン
『ミス・サンシャイン』(吉田修一/文藝春秋)

 人と人の魂が触れ合う瞬間。それは時間軸を超えて、永遠に心に宿り続けるものだ。80代の元女優と、20代の大学院生の交流を描く『ミス・サンシャイン』(文藝春秋)。芥川賞作家・吉田修一氏によるまったく新しい優しさの物語で描かれているのはまさにそんな時間だ。

 吉田修一氏といえば、純文学からエンターテインメント小説まであらゆるジャンルの作品を描く小説家として知られる。他の吉田作品を既読ならば、特に、80年代の大学生を描く青春小説『横道世之介』や、台湾を舞台とした感動巨編『路(ルウ)』に惹きつけられた人にオススメしたい。この2作には、人と人との出会い、その喜びや切なさが温かな筆致で描き出されていたが、『ミス・サンシャイン』にもそれが共通するのだ。本作は2人の小さな恋の物語。生涯忘れられない大切な日々が、戦後を生き抜いたひとりの大女優の生き様とともに紡ぎ出されていく。

 主人公は、映画芸術を学ぶ大学院生・岡田一心。彼はゼミの担当教授に紹介されて、昭和の大女優・和楽京子、本名・石田鈴の自宅で荷物整理のアルバイトをすることになる。彼女は一心と同じ長崎出身。和楽京子は10年以上前に女優を引退してからは、「鈴さん」として静かな暮らしをしているようだ。鈴さんとの交流の中で、一心は、彼女の大切な思い出に触れていく。そして、一心は、いつの間にか自分が鈴さんのことばかり考えていることに気づかされていく。

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 和楽京子は1949年製作の白黒映画『梅とおんな』でデビュー。やせっぽちで小柄という日本女性のステレオタイプから程遠いグラマラスな体型は、戦後の新しい時代の匂いを感じさせ、「肉体派女優」として多くの男性を魅了した。その後、主役を演じた『竹取物語』がカンヌ国際映画祭で作品グランプリと女優賞をダブル受賞。国内の良作で次々と主演を務めたほか、「ミス・サンシャイン」というキャッチコピーでハリウッドでも活躍した日本を代表する女優だ。あくまで和楽京子は吉田氏の生み出した架空の人物であるはずだが、彼女に関わるひとつひとつの映画のストーリーや場面が詳らかに描写されていくから、その姿が目前に浮かび上がってくるかのよう。和楽京子の噛み付くような表情、演技にいつの間にか魅せられてしまう。

 だが、元大女優とはいえ、鈴さんは、飾らない優しい、至って普通の人だ。「鈴さんって、子どもの頃からみんなの憧れの的だったんでしょうね」と聞かれれば、彼女は、自分は親友の足元にも及ばなかったのだと振り返る。さらには「もしかしたら、本当は彼女が歩くべき人生を自分が歩いてきてしまったのではないか」とさえ語るのだ。その言葉の裏には、長崎での被爆経験、そして、親友との悲しい別れが隠されていた。

 寂しくてどうしようもない時、悲しくてどうしようもない時、胸の中心をゆっくり押して、深く息を吸うのだと、鈴さんは一心に教える。鈴さんもそうやって辛い日々を乗り越えてきたのだろうか。戦後、失われた光を求めるかのように、自分らしい呼吸で女優としての道を歩み続けてきた大女優。その本当の姿を知るにつれて、一心のみならず、読み手たちも強く心を揺さぶられてしまう。そして、一心と鈴さんとの関係がどうなっていくのか目が離せなくなってしまう。

 一心にとって、鈴さんとの日々は宝物。そんな日々を垣間見るこの作品を読むと、心が優しい気持ちで満たされる。実際、戦後日本は、和楽京子のような女優たちが牽引していたのだろう。そう思うと、自然と、戦後の日本映画への興味も湧いてくる。平和とは。幸せとは。運命とは。読後、そんな物思いにゆったり浸りたくなる一冊。

文=アサトーミナミ

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