鉄道ファン必読! 通勤通学電車のお供は「本」。鉄道ミステリーが勃興した時代の名作は、いま読む面白さアリ!

文芸・カルチャー

公開日:2022/1/6

殺人者を乗せて 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編III〉
『殺人者を乗せて 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編III〉』(双葉文庫)

 スマートフォンどころか携帯電話さえなかった昭和の頃、通勤通学電車のお供はもっぱら本だった。老若男女を問わず、小さな画面に見入る代わりに文庫や新書の紙面に目をすべらせていた。

 鉄道ミステリーはそんな時代の花形だった。

 日本全国に張り巡らされた鉄道網の複雑な運行を駆使し、発着時刻を巧みに組み合わせ、時間的に不可能なはずの殺人を実行する。そんなパズル要素を主眼にする作品群が、かつて人気を博していたのだ。特に新幹線が運行を始めた昭和39年以降、時刻表トリックはどんどん複雑化し、昭和40~50年代にはジャンルの黄金期を迎えることになる。

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『殺人者を乗せて 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編III〉』(双葉文庫)はその時期に発表された、もしくはその時代が舞台となる名作5篇を収めたアンソロジーだ。

「「雷鳥九号」殺人事件」は鉄道ミステリーの帝王・西村京太郎の代表作である十津川警部シリーズの一篇で、大阪と金沢を結ぶ特急「雷鳥」の車内が殺人事件の現場になる。逮捕された容疑者は取り調べに黙秘を貫くも、状況証拠は揃っている。有罪判決に自信を持つ捜査陣だったが、裁判中に容疑者の無罪を証明する事実が出てきたではないか。果たして十津川警部は「時刻表と銃」で構成された鉄壁のアリバイを崩すことができるのか。

「隆起海岸の巻[鵜ノ巣断崖]」の著者・宮脇俊三は編集者から作家に転身、数々の紀行を手掛ける一方で、鉄道ファンとしての知識を縦横に駆使するミステリーを書いた。

 本作は、不倫の末、邪魔になった愛人の殺害を決意した男が、鈍行、夜行列車、特急、新幹線、レンタカー、果ては飛行機まであらゆる交通手段を総動員し、完璧なアリバイを偽装して犯罪に挑む様子を描いた犯人視点のサスペンスだ。よくもまあここまで綿密なスケジューリングができるものだと感心するが、さて男の企みは成功するのか。また、同じ著者の「石油コンビナートの巻[徳山]」では、傲岸不遜な男が時刻表トリックの罠に掛けられる。両作とも意外かつちょっと情けない結末が用意されていて、通勤時間にサクッと読めるエンターテインメントが求められた時代の空気が如実に感じられる。

「準急《皆生》」は、本職が数学者という天城一らしい緻密な時刻表トリックが組まれた作品だ。だが、天城はさらに一捻りし、一度は見破られたはずのトリックが思わぬ人物の出現により成り立ってしまう、という特殊設定を用意した。さて、容疑者は冤罪なのか、それとも真犯人なのか。小品ながらも中身が濃く、冷笑的な結末が辛子のように利いている。

 掉尾を飾る森村誠一「浜名湖東方十五キロの地点」は、70年代安保闘争を作品背景に、裕福なアプレゲールの青年が、鬱憤晴らしに鉄道で移動する米国要人を列車ごと爆殺しようと企む姿を描く作品。クライム・サスペンスのスリルだけでなく、無慈悲で投げやりな若者の心理描写や皮肉な結末には社会派で名を馳せた森村の特徴がよく表れている。

 鉄道ミステリーの魅力は、時間に統制された現代社会の秩序に穴を見出そうとする試みにあるといえるだろう。定刻行動が当たり前、まるで時間の奴隷のような日常。その象徴である「時刻表」が、その正確性を逆手に取られて秩序破壊の道具になる。そこにカタルシスがあるのだ。

 専用アプリに時間と行き先を入力すれば瞬時に最適ルートがはじき出される今では成り立たないトリックもある。食堂車や夜行列車など、ほとんど消えてしまった車両も登場する。「昭和の国鉄」の姿は年配には懐かしく、若者には異世界にさえ感じられるかもしれない。本作に先行して出た『線路上の殺意 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編〉』と『悲劇への特急券 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編II〉』を併せ読めば、鉄道が今より輝いていた時代の空気を味わうことができるだろう。存分に楽しんでほしい。

文=門賀美央子

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