「今月のプラチナ本」は、吉本ばなな『ミトンとふびん』

今月のプラチナ本

公開日:2022/2/4

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『ミトンとふびん』

●あらすじ●

母を、弟を、親友を……たいせつな人を亡くした癒えることのない喪失を抱えたまま、主人公たちはそれぞれ旅に出る。
凍てつくヘルシンキの街へ、石畳のローマへ、南国の緑濃く甘い風吹く台北へ。
そこには奇跡とも呼べる、優しく切ない出会いが待っていた。
「この本が出せたから、もう悔いはない」。小説家・吉本ばななが30年間にわたる数々の旅の経験を込めておくる、全6編からなる短編集。

よしもと・ばなな●1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。1987年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1988年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、1989年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞を受賞するなど、受賞歴多数。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアでもスカンノ賞はじめ多数の賞を受賞。近著に『イヤシノウタ』(新潮文庫)、『「違うこと」をしないこと』(角川文庫)など。

『ミトンとふびん』

吉本ばなな
新潮社 1760円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

20年越しの吉本ばなな

高校生のころ、真冬の公園で女の子に吉本ばななさんの本を渡したことがあった。あれから20年。何の因果か私以外はALL女性の編集部で、この小説を薦められた。正直、読むのが怖かった(理由は語るまでもあるまい)。それぐらい大事な読書体験だったのだ。しかし、やっぱり私は吉本ばななの小説を読んで育ってきたのだと思った。この人が「きらめき」と書くと、例え夜でも本が日光に照らされたように輝くし、「ぴかぴか」と書くと胸がどうしようもなく沸き立ち、ときめくのだ。

川戸崇央 本誌編集長。あと20年経てば綾小路きみまろ漫談の世界線ですね(白目)。今月から新たに『怪と幽』メンバーが加入。「お化け通信」をお届けします。

 

この本のことを思い出すんだろう

あとがきで「あの小説のせいかな? まさかね」「そんな感じがいい。そのほうが長いスパンでその人を救える」と吉本さんが書かれていたけれど、読者としてまさにそういう本になるのだろうな、と思う。「カロンテ」みたく友人の跡を辿ったり、「珊瑚のリング」のように遺品を整理したこともないけれど、大切な人をなくすその喪失感を想うと、震える。けれどいつかその地獄のような悲しみに、何かにすがるかのように救いを求める場面の時、ああ、あの本だっけ?と、本書を思い出すんだろう。

村井有紀子 引っ越しをいたしまして、ずいぶん広いし日当たりも最高の物件なのですが、なかなか部屋にも街にも慣れません。こういうもんだっけ?

 

旅をしている、あの感覚に浸れる短編集

吉本ばななさんの「世界の旅」シリーズがとても好きだ。旅先での、夢の中にいるようなふわふわした、でも妙に冷静な感覚には身に覚えがあって、まるで自分が旅をしているような気持ちにさせてもらえた。本書はその流れを汲む、異国の地や非日常の一コマが印象的な短編集。刺すような寒さや異国の喧騒、プリンの入ったミルクティといった、普段の生活にはない物事にふと心奪われる感じが、大切な誰かを失った喪失感には効くものなのかもしれない……。

久保田朝子 今月の「ラジオが紡ぐ合言葉」を担当しました。「ラジオ番組MAP」では、本に関連したラジオ番組がたくさんあるんだ!とうれしくなりました。

 

なんとかならない夜にまた読もう

これをなくしたら死ぬ、という存在をなくすことが割とある。死なないけど、死ぬほどキツい。みんな、絶望的な喪失とどうやって折り合いをつけてるんだろう。ここにはその、ずっと知りたかったことが書かれている、気がする。弱気な言い方になるのは、とてもさりげなく書かれているから。説明するには文字数が足りないので、素晴らしき一文を引く。「なんとかなる。悲観でも楽観でもない。目盛りはいつもなるべく真ん中に。なるべく光と水にさらされて。情けは決して捨てず」。

西條弓子 失くしてはいけない物を本当に失くす。財布、スマホ、ワクチン接種証明。行動を振り返れと言われるが、振り返れないから失くすのだ。解散!

 

ひたひたと染み渡るような作品

全6編を通して、人との出会いにまつわる喜びと悲しみが描かれている。特に「SINSIN AND THE MOUSE」の母との思い出や「カロンテ」のしじみと真理子の物語は、読んでいると引き絞られるくらいの悲しみを感じた。だがページを進めていくと、真冬の朝に深呼吸した時のように、肺の奥まですっきりとした空気が身体に行き渡っていくような心地になる。表紙の夕焼けと海のような色彩の絵もすばらしくて、本のサイズもちょうどいい。自分の手元で大切にしたい一冊。

細田真里衣 ここ数年、ご祝儀袋を買うことにハマっています。キラキラの特殊紙、工夫が凝らされた水引! 最高! 渡す相手もいないのに収集が止まらない。

 

私たちの人生を照らす一冊

『細胞が分裂して新しく皮膚を作るように、「今」が増えていく』。この言葉に今は亡きものたちの“消えていく匂い”に悲しくて堪らなくなったことを思い出した。共に生きた証が少しずつ“今”に塗り替えられていく、その耐え難い痛みと共に私たちは生きていかなければならない。しかし、人生における“別れ”と“出会い”が描かれた本作の、喪失を抱えながら生きる登場人物たちの姿が、私たちの歩む道を照らしてくれる。背中をそっと押す、優しさに満ちた本作に出会えたことに感謝。

前田 萌 愛犬とドッグランに行きました。遊んでほしいあまり、お友達犬の前でコロンコロンと転がってお腹を見せて回っています。恥ずかしい……(苦笑)。

 

関係性のグラデーション部分を掬いとる

親、兄弟、友達、恋人、夫婦……人の関係性にはいくつもの“名称”がある。しかし、この作品で描かれる人々の関係性はどれも名づけ難い。名前のないそれらからにじみ出る淡い幸福が作品全体を優しく包み込んでいる。お互いに恋心はないけど一緒にいることが当たり前となっている人々を描いた「情け嶋」の中で語られる「強いて言えば彼らの見た目や気配が好き。それくらいだ。確かなことは」の一文の力強さ。そう、私と他人の間をつなぐものなど、それだけで十分なのだ。

笹渕りり子 大好きなラジオの特集を担当しました! ご協力くださった方々とのやりとりで深いラジオ愛を感じ、メールを打ちつつ熱い気持ちになりました。

 

「私はここから歩いていくんだ」

“大切な人の死”の受け止め方は人それぞれだと思うが、私がこれまで経験したそれは悲しくて辛いものでしかなかった。だから、登場人物たちに気持ちを入れすぎると、声を上げて泣き出しそうになるほど苦しい。でも、この物語の中では死と共に必ず“優しくてあたたかい出会い”が用意されている。読み終えて気づく。あぁそうか、これは死についての物語じゃなかったんだ。死を抱えて生きる私たちに、これからの人生にだってきっと素敵なことがあると、光を見せてくれる物語なんだ。

三条 凪 今月の特集「伝えたい気持ちを、本で贈る」を担当しました。直接人と会うことが難しい今、「本を贈る」という手段で大切な人に気持ちを伝えてみては?

 

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