「今月のプラチナ本」は、矢樹純『マザー・マーダー』

今月のプラチナ本

公開日:2022/3/4

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『マザー・マーダー』

●あらすじ●

近隣住民とのトラブルをきっかけに壊れていく家族、離婚した夫の死後に浮上した遺産相続問題、自立支援施設従業員の軟禁事件、学校の美術室で起こった傷害事故、不倫相手の子を身籠ったジャーナリストが追う殺人死体遺棄事件。
それぞれの出来事にはすべて、ある家族が関係していて……。
「逃げられないんだったら、関わらない方がいい。あの子、本当にまともじゃないの。」
読者を震撼させる、全5編からなるミステリー短編集。

やぎ・じゅん●1976年、青森県生まれ。小説家、マンガ原作者。実妹とコンビを組み、加藤山羊の合同ペンネームで2002年『ビッグコミックスピリッツ増刊号』にてデビュー。12年「このミステリーがすごい!」大賞に応募の『Sのための覚え書き かごめ荘連続殺人事件』で小説家としてデビュー。19年出版の短編集『夫の骨』が注目を集め、20年に表題作で第73回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。他の小説作品に『妻は忘れない』(新潮文庫)などがある。

『マザー・マーダー』

矢樹 純
光文社 1760円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

ノックしたら最後、戻ってこれない

沼にはまるように読んだ。イヤミスとはまた違う、「この道を進んではいけない」と言うくせに背中を押すような、人間をあざ笑うような綿密さに心地よく翻弄された。タイトル通り「母」が鍵になる短編集だが、彼らが住む「家」もまた重要な役割を果たす。「ずっと住むんだから(中略)後悔がないように」。第一話「永い祈り」で、夫が宣告する呪いのような言葉だ。そのようにして作られた「完璧な家」で、一体何が起きるのか。外観からは想像がつかない、それぞれの家が持つ物語に注目。

川戸崇央 本誌編集長。2月よりスタートした「編集ライター講座」。本誌を読んでご応募下さった方が多く、本当に嬉しいです。お役に立てるよう頑張ります!

 

梶原家の門はいつどのように壊れたか

子どもの頃、近所にどこか不穏な家があった。大人たちは近づくなと言い、子ども心にその意味するところを感じつつ、名状し難い仄暗さに、どこか後ろめたい興味を抱いていたことを覚えている。本作を読みながら、あのときと似た昏い高揚に浮かされていた。壊れたままの梶原家の門。その奥で何が起きているのか。家族の愛情が異常になる分水嶺はどこにあるのか。見たい知りたいと貪るように読んでしまうのは、己自身に内蔵されている、かもしれない「母」なるものへの興味なのかもしれない。

西條弓子 梶原家の荒廃とした描写に思わず戦慄した。わが家の玄関にも、枯れた植木鉢がうら悲しく転がっている。枯らしたのも転がしたのも私です。

 

ページを繰る手が止まらない!

一気読み作品! ジェットコースターに乗っているかのようなゾクゾクするスピード感で、最初から最後の作品まで、大変面白く読んでしまった。帯に「めくるめく、どんでん返し」と書かれていたが、まさにそれです。キーマンである梶原恭介という人物、狂気的なその母親。彼らに接する周囲の人々のエピソードから、家族の秘密が浮き彫りになっていくが、その周囲の登場人物たちの闇もなかなかに深かったりする。第五話の上司のクソ男っぷり! ページを破りたくなりました(笑)。

村井有紀子 中村倫也さんの新連載がスタート(P72〜)! 中村先生、撮影中大変楽しそうで本当に料理がお好きなんだなぁと。真似して作ってみてください!

 

救いのない読後感が病みつきになります

これほど緻密に練り上げられた作品だとは、一読ではわからなかった。引きこもりの息子を異常なほどに溺愛する母親の話かな…と読み進めるうち、次第に周囲の人々の暗部に踏み込んでいることに気づく。重なり合った5つの短編それぞれに驚がくのラストが用意され、散りばめられた伏線が最終話でおぞましい結末に集約されていく。最後の1行に震え上がったら、取りこぼした伏線を拾い集めにもう一度、思わず最初から読み返してしまうはず。恐怖と絶望の読後感が病みつきになりそうだ。

久保田朝子 今月の「珈琲特集」を担当しました。面倒くさがりなのでインスタントコーヒー専門でしたが、きちんと淹れてみようかと電動ミルを購入しました。

 

点と点が線で繋がる快感

隣人、同級生、職場の同僚など、さまざまな登場人物の視点を通して描写される「梶原家」には、振る舞いや言動からうっすらとした違和感が漂う。が、その違和感が何なのか、なかなか解き明かされないのが心地いい。ぼんやりとした不安感が、だんだんはっきりと輪郭を持って読み手に迫ってくるのだ。各作品には、冒頭とは全く異なる印象の結末が用意されている。それらが脳内で点と点になり、繋がって1本の線になっていく感覚に快感を覚える。ぜひ犯人を推理しながら読んでみてほしい。

細田真里衣 『マザー・マーダー』の扉に使用されている紙が、一番大好きな特殊紙D’CRAFTでめちゃめちゃテンションが上がりました!

 

思いもよらない展開が待ち受ける

5つの短編からなる本作では、ある母子の周辺で日常が一変していく主人公たちの姿が描かれる。隣人トラブルによって追い詰められる母親、元夫の遺産相続問題に巻き込まれる女性、ある家で軟禁されてしまう自立支援施設のスタッフ……。読み味の異なる短編としてそれぞれを読み進めていたら、最終話で全編に関わる謎が明かされ、鳥肌が止まらなかった。「めくるめく、どんでん返し」とは、まさに。先の読めない展開が病みつきになるはず。予想が裏切られる快感をぜひ味わってほしい。

前田 萌 最近の夕食はもっぱらお鍋。特に寄せ鍋が好き。作りやすい上にヘルシーで良いですよね。しかも後片付けも楽。時間がないときの心強い味方です。

 

家庭が醸す、閉鎖の匂い

他人の家に上がる際、なんだかそわそわしてしまう。見慣れない家具や部屋の間取りなどから「ここは他人のテリトリーなのだな」と思わされる。本書の中心人物となる、梶原美里は自宅に引きこもる息子を異常なまでに溺愛する母親として描かれている。彼女の異常性に目を奪われる一方で、章ごとに登場する人物の家庭や人間関係も各々の形を帯びていて、少しずつ歪んでいる。家の中では馴染んでしまっていることが、外では一変して不自然に変わる。その違和感は他人事ではないのだ。

笹渕りり子 家の匂いってありますよね。先日、私の家は「トイレの芳香剤の匂いがする」と言われました。なんだか微妙な評価なので部屋用フレグランス模索中。

 

この家族は“きっかけ”にすぎない

本著はある家族に関わった人々に災難が降りかかる物語だが、すべての出来事を直接この家族が引き起こすわけではない。家族も元は他人同士なのだから、一緒に暮らす上で気遣いは不可欠で、伝えなければ伝わらない。だが「家族だから」という理由で私たちはそれを忘れがちだし、あまつさえ過度な期待までしていたりする。このすれ違いで燻っていた不満という火種が、ある家族との出会いが発端となり燃え上がってしまった結果起きた事だ。決して他人事ではない。そのことが、とても怖い。

三条 凪 約1年ぶりにマッサージに行ったのですが、左半身が解されるにつれ、施術前の右半身が激しく痛み出し……想像以上に凝っていた模様。慣れって怖い。

 

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