“悩みーランドの住人”ほど救われる!? 100年前の漱石とウェーバーの遺言

2012/11/2

悩む力

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 集英社
ジャンル:教養・人文・歴史 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:姜尚中 価格:540円

※最新の価格はストアでご確認ください。

「あぁー、朝から悩ましいなぁ~」「うぅん、ここでも悩みは尽きないな~」あうんの呼吸の如く、何時でも何処でも…そんなエブリデイ溜め息に懊悩する私たちは、夢も魔法も消え失せた “悩みーランド!?”の住人とも言えます。でも、その悩みーに満ちた住人にこそ、ある力が宿っているとしたら、どうでしょう?

「“悩む力”にこそ、生きる意味への意志が宿っている」。そう説くのは、姜尚中先生。
「Home patiens(苦悩人)の価値の序列は、Homo faber(道具人)のそれより高い。」(精神医学者 V.E.フランクル)

本書を通底するテーゼです。
「悩む力」=「生きる意味への意志力」への変換。そんな視座を得た瞬間から、これまでネガだった「悩む」という行為が、ポジティブな人間的営為に転回するのです。

そして、本書は続けます。グローバリゼーション、市場経済の進展。社会の解体と自我の拡張、新たな貧困…“悩みーランド”の住人である私たちの苦悩は、「近代」という時代とともにもたらされた。そして今の苦悩と懊悩の結果は、100年前、2人の巨人に予見されていた、と。文豪夏目漱石と、二十世紀最大の社会学者マックス・ウェーバーです。
「文明が進むほどに、人間は救いがたく孤立してゆく」(漱石)
「文明原理である合理化により、人間社会が解体され、個人がむき出しになる」(ウェーバー)

私たちの今を的確に描く炯眼に驚かされます。

近代のとば口に立って悩みぬいた人間の行く末と「苦悩する人間」の深き問い。「悩みながら生きてゆく生き方」に、なんだか勇気をもらえます。そして、本書を読み終わった時。近代によって拡張された腦という名のあなたの悩み=自我は転回するはずです。
“悩みー(Me)ランド”の住人から、“悩うぃ(We)ランド”の住人へ。

 

自分を破滅に招く「自分の城」を融解し、他者との相互承認で「絆の城」を紐帯する。Me(自我)を中心とした悩みー(Me)から、We(大我)を包摂した 悩うぃ(We)へ。その時、消え失せていた、夢と魔法はよみがえるはずです。

 

「あなたの悩みは何ですか?」「あなたの苦悩は何ですか?」この問いこそ、私たち人間が失っていた生きる意志への表象なのかもしれません。「君、かわうぃーね」ならぬ「君も僕も、悩うぃ(We)ね」こそ力です…(古くてすみません;)


アントレの対談で伺ったのは、100年に一度の世界経済危機から半年後。リーマンショック後の2009年2月。まさに、市場経済が、共同体の牧歌的な結びつきを解体してゆく「悪魔のひき臼」の爪痕がやまない時期でした

「私が『悩む力』を書いたのは、一回徹底して悩んで、物事をシャッフルした方がいいと考えたからです」「今までのビジネスモデルを手本にせず、むしろ逆のことをした方がいい」と教えていただきました。それはまさに、「役立つ人間」(効率性の追求)より、「人の苦しみに心を寄せられる苦悩する人間性」への回帰のすすめとも言える

第三章の「知っているつもり」は、見つめる価値あり。文明人は、自分の仕事道具(例えばPC)が壊れても直せない。未開人は、自分の仕事道具(弓矢)が壊れても修繕できる。果たして、どちらが未開人か? を考えさせる。「知悉していない現代人の脆弱さ」を指摘したレヴィ=ストロース。彼が提出したブリコラージュ(器用仕事)、つまり、クラフト的な熟練・身体感覚を通した知の在り方こそ、これからのヒントになる