使えないやつは、生きてちゃダメですか? 「働きづらい」すべての人におくる再生の物語

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/19

彼女の背中を押したのは
『彼女の背中を押したのは』(宮西真冬/KADOKAWA)

 もっと何でも器用にこなせる人間に生まれたかった。仕事はミスばかりだし、人生ハードモード。ただ平凡に、ただ平和に、ただ普通に働いていたいだけなのに、どうしてこんなに人生上手くいかないのだろう。

 毎日が上手くいかない人にこそ読んでほしいのが、『彼女の背中を押したのは』(宮西真冬/KADOKAWA)。『誰かが見ている』で第52回メフィスト賞を受賞した宮西真冬氏による最新刊だ。この物語に登場する人は皆、それぞれの苦悩を抱えながら日々を過ごしている。努力が正当に評価されない職場環境。身近な存在であるはずなのにわかり合えない家族。思うようにいかない恋愛…。読めば、心の中で何かが共鳴する。決して他人事とは思えない。私たちの生きづらさを描き出したような作品だ。

 主人公は、結婚を機に書店員としての仕事を辞め、地方から上京してきた専業主婦・志田梢子。平穏に暮らしていた梢子は、ある夜、母から、妹・あずさがビルから飛び降り、意識不明の重体だとの連絡を受ける。その日の朝、梢子の元には、妹から「相談したいことがある」というメールが届いていた。意識の戻らない妹につきそうため、そして、妹に何があったのかを探るため、梢子は故郷に帰ることに。妹の今の職場は、梢子が昔働いていた書店だ。かつての同僚たちに、妹の職場での姿を聞いていく梢子。一体、妹の身に何があったのか。何が妹を追い詰めたのだろうか。

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 この作品は、妹がビルから飛び降りた事件の真相を追うミステリーであり、書店で働く女性たちの苦悩をありありと描き出したお仕事小説でもある。あまりにも安い給料。お盆もお正月も休みなく働き、有休も使えず、連休も取りづらい職場環境。仕事をテキパキこなせば、仕事ができない人の業務が理不尽に降ってきて、休む暇もない。重たい本を運んで、腱鞘炎になりながらも、それでも書店員たちは「本が好きだから」と頑張り続けてきた。

 だが、上に立つ者は決してその頑張りを認めてくれない。特に女性は、いつ結婚や出産で辞めるかわからないからと、正当に評価されない。スタッフは使い捨て。まさに、「やりがい搾取」の実態がそこにはある。そんな不当な扱いを受ける女性たちの姿は、書店で働いた経験がなくとも、共感せずにはいられない。彼女たちがぶつかる葛藤や違和感は、きっとどの職場でも誰もが感じているもの。働く女性に限らず、たとえ専業主婦や男性であっても心揺さぶられるに違いない。

「あんた、マジ使えないね」。職場で、妹・あずさは同僚からそんな心ない言葉を浴びせかけられていたという。では、職場での悩みが、彼女がビルから飛び降りるきっかけとなったのだろうか。しかし、彼女が抱える苦悩は、仕事だけではなかったはずだと、梢子は妹のこれまでを振り返る。

 妹の美しすぎる容姿に母親から押しつけられた過度な期待、父親の無関心。あずさはずっと姉を慕ってきたが、ごく平凡な梢子は妹に対して嫉妬心を抱き、疎ましくさえ思っていた。次第に心を病んでいった妹は、初めてできた恋人とも長くは続かなかった。そんな妹の過去を辿ることは、梢子自身の傷に向き合うことでもある。あずさの、そして、梢子の葛藤を知れば知るほど胸が苦しい。

 だが、梢子が真実を探し求めた先、明らかになるのは、意外な事実だ。クライマックスには、救われたような気持ちになる。爽やかな読後感を味わいながら、自分はひとりではなかったのだと気付かされた。姉妹の傷と再生を描き出したこの物語は、日常に悩み、身動きが取れなくなっているすべての人に手にとってほしい。読めば、きっとあなたの「働きづらい」毎日にも変化が訪れるに違いない1冊だ。

文=アサトーミナミ

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