平野歩夢、羽生結弦…スポーツ選手が試合前に音楽を聴くシーンをよく目にするけれど… 音楽の底知れないパワーとは?

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/10

GOOD VIBRATIONS 最高の体調をつくる音楽の活用法
『GOOD VIBRATIONS 最高の体調をつくる音楽の活用法』(ステファン・ケルシュ:著、大黒達也:日本版監修、大山雅也:訳/ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス)

 以前、俳優の渡辺謙さんに取材をした際、舞台へ出る前にクイーンの『The Show Must Go On』をよく聴いているという話を伺ったことがある。渡辺さんはこの曲を聴くと「よし、ステージに出るぞ!」という気持ちが高揚してくるとおっしゃっていた。「ショーを続けないといけないんだ、たとえ心が壊れ、メイクが剥がれても、自分は笑顔のまま、諦めない」……そんな内容を歌う『The Show Must Go On』は、クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』のエンドロールで流れ、観る人の心を打った。

 平野歩夢選手や羽生結弦選手をはじめとするスノーボードやフィギュアスケート、水泳など自分の出番を待つ選手がヘッドホンやイヤホンでお気に入りの音楽を聴くことで、外からの雑音をシャットアウトし、気持ちを高めている姿も最近よく見かける光景となった。一般ランナーも音楽を聴きながら走っている人が多い。よくよく考えてみると、運動会ではせわしない気分にさせる『道化師のギャロップ』『天国と地獄』『クシコス・ポスト』などがかかっていたし、スポーツ観戦の場でもパワフルな音楽(ここでもクイーンの『We Will Rock You』は定番だ)が流れることが多い。うれしいときも悲しいときも音楽は私たちの心に寄り添ってくれるものだし、青春時代を過ごした時期によく聴いた曲は、いつでも気持ちを奮い立たせてくれるパワフルなカンフル剤だ。

 しかし人間はなぜ音楽を聴くのだろう? どうして音楽が必要だったのだろう? 音楽を聴くと何か効果があるのだろうか?(世の中が大変な状態になると「音楽など無用だ」と思われがちだ)

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 ドイツのベルゲン大学で生物心理学・音楽心理学の教授を務めるステファン・ケルシュ氏は、著書『GOOD VIBRATIONS 最高の体調をつくる音楽の活用法』(ステファン・ケルシュ:著、大黒達也:日本版監修、大山雅也:訳/ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス)で様々な分野の研究をもとに、音楽が脳や身体にどのような影響を及ぼすのか、どんな病気の治療に効果を示すのか、非常に興味深い内容を紹介している。

 例えば第1章「音楽のない世界は人間のいない世界」では、人間が人間以外の動物にはできない“リズム”や“メロディ”を合わせられるようになったことで社会的結束が強化され、楽しい時もつらい時も音楽が大きな役割を果たすことになり、争いごとが減る(狩猟採集社会では歌唱対決で争いを調停する風習があったという)など、音楽が人類の進化に大きく関与したことが説明されている。

 人間が音楽を聴く(歌うことや演奏も含む)と、知覚、注意、記憶、感覚運動機能、感情、知能、言語が活性化し、リラックス効果などが得られ、免疫力の低下を防いで回復力を高めるなど、精神にも肉体にも作用することがわかっており、現在は病気の治療にも音楽療法が使われているという。

 にわかには信じがたいかもしれないが、これは最先端の科学と様々な研究成果をもとに書かれている本だ。音楽は私たちが考えている以上に、人間の生活に欠かすことのできない存在であることが本書を読むとよくわかる。また本書は幼い子どもたちを指導している方、治療やリハビリに携わる医療関係者、高齢者施設などに勤める方などへの有益なヒントになるであろうトピックも多くあるので、ぜひご一読をお勧めしたい(もちろん諸刃の剣であり、音楽が悪い方へ作用することもあるので、じっくりとお読みください)。

 自分でレコードやCDを買ったり、ダウンロードしたりすることなく、たくさんの音楽(ほぼ無尽蔵といってもいい曲数)を手軽に聴けるSpotifyなどの音楽ストリーミングサービスのある現代は、恐らく人類史上最も多くの人間がたくさんの音楽を聴いている時代だろう。だからこそ自分に合った曲を見つけ、より音楽を楽しみ、健やかな毎日を過ごしたいものだ。そして早く音楽を気軽に楽しめる、平和な世の中になることを切に願う。

文=成田全(ナリタタモツ)

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