将軍家トップでも苦労は尽きず……「人間くさい面」が垣間見える、歴代の徳川将軍の悩みを拝見!!

文芸・カルチャー

公開日:2022/7/8

なにかと人間くさい徳川将軍
なにかと人間くさい徳川将軍』(真山知幸/彩図社)

 上位の立場で縛られずに悠々と仕事をしたい、と思ったことは、ないだろうか。しかし、いっそ組織の一番トップならそんな苦労とは無縁かというと、そうでもないらしい。「江戸時代の武家社会で最も権威のある存在」だった、征夷大将軍ですら気楽ではなかったことを教えてくれるのが、歴代の徳川将軍の人間関係に注目した『なにかと人間くさい徳川将軍』(真山知幸/彩図社)である。本書は、信頼性のある資料や研究に基づく考察に力を入れており、歴代の将軍たちの「人間くさい面」に親しみを持たせつつ、日本の歴史のターニングポイントを読み解いていく。

身内びいきな人事をしがち!? 初代将軍・家康

 徳川家康(いえやす)が将軍を務めたのは、わずか2年間。早々に息子の秀忠(ひでただ)に将軍職を譲ることで、朝廷から役職を賜る立場でありながらその職が「徳川家の世襲であることを示す」狙いがあったようだ。

 本書によれば、家康が身内びいきな人事をしていたというのは、幕府の老中につぐ最重要職である京都所司代に家康の長女・亀姫の夫、奥平信昌(おくだいらのぶまさ)を任命したことからもうかがえるという。ただし、たった1年で交代させており、せっかく最重要職に任命したのになぜ? という疑問が残るが、一般的には、「家康は信昌に大きな期待をしておらず、務まらないと家康が判断したから」とされている。ではそもそもなぜ任命したのか。その考察が興味深い。

advertisement

 家康は関ケ原の戦いののちに、次女・督姫(とくひめ)と三女・振姫(ふりひめ)の婿に大幅な所領の加増を行なっていた。そのため、目立った手柄の無い信昌にも箔をつけてやって「自分を裏切ることのない存在」にしておくことを狙ったのではないかとしている。関ケ原の戦いのあとも豊臣家の家臣でしかなかった家康の立場からすれば充分に考えられるだろうし、信昌には京都所司代をやめさせたあとに加増を行なっており、更迭したとは思えないとのこと。なるほど、こうして自分の周囲を固めたわけなのである。

親の愛を知らない“おじいちゃん子”だった3代将軍・家光

 将軍職が世襲となると、問題になるのは世継ぎである。側室のいた家康に対して、秀忠は女中との間に子を成したことはあったようだが1人の側室も持たず、3代将軍・家光(いえみつ)は「正室として迎えた孝子に見向きもせず、死ぬまで別居していた」という。男色が珍しくなかった当時、家光は女性に無関心だったのだとか。危機感を募らせた乳母(めのと)である春日局(かすがのつぼね)が、大奥に「身分や職業を問わずに」女性を集め、数で勝負! な大所帯にしたそうだ。

 こうして跡継ぎの面倒まで見た春日局は、家光にとっては乳母というだけでなく本当に親代わりの存在だったらしい。というのも、父である秀忠と母のお江(ごう)は、家光の弟の国松(くにまつ)を溺愛していたのだとか。そんな家光の実情を、春日局が駿府にまで赴き家康に伝えたからか、家康は「天下は竹千代(家光)に」との遺言を重臣の土井利勝(どいとしかつ)に残し、家光のほうはお守り袋に「東照大権現 将軍 心も体も一ツ也」(家康と自分は心身ともに一体である)と書いた紙を入れていたのだとか。おじいちゃん子になるのも無理はない。

「目安箱」を設けて忍者による情報網を構築した8代将軍・吉宗

 時代劇ドラマ『暴れん坊将軍』としても知られる8代将軍・吉宗は、本書によれば「暴れん坊」どころか「多方面に忖度」して、かなり周囲に気を使っていたという。すでに紀州藩主として12年間も治世を行なっていた経験を買われたとはいえ、将軍に選ばれたのは紀州藩の家臣たちの尽力のおかげ。「あちこちに貸しを作っており、自分勝手に振る舞うわけにはいかなかった」そうだ。しかも、江戸城内には気心の知れた身内がいない。吉宗がやった政策の一つとして有名な、庶民の声を拾い上げる「目安箱」は高く評価されているが、目的はもっとしたたかであった模様。自分へ直通の窓口を設け、「情報を握りつぶすも、活用するのも、自分次第」という環境を作り上げたのだとか。

 ドラマでは「御庭番衆」と呼ばれる忍者が登場するが、この役職を実際に作った吉宗は、各地への旅行を命じて大名家の内情を探らせたり、町人のように変装させ目安箱に寄せられた情報の真意を調べさせたりしていた。ちなみに、この頃の幕府は深刻な財政難に陥っており、800~1000人にもおよぶ大奥の改革を行なうことで支出を抑え、規律を正すために制定された「女中法度」は幕末まで改定されることなく運用されたという。情報を武器に幕府を運営した手腕がうかがえる。

 将軍は15人もいるので、十人十色に収まらないくらいのエピソードが本書には凝縮されていた。印象深かったのは12代将軍・家慶(いえよし)が、実の息子の13代将軍・家定(いえさだ)を差しおいて、最後の将軍となる15代・慶喜(よしのぶ)を溺愛していたエピソード。朝廷に献じる大事な儀式に慶喜のほうを同行させようとしたところ、老中たちから諭され取りやめたなどというのは、家光の境遇を想起させる。将軍としての振る舞いとすると跡継ぎ問題が関わってくるのかもしれないが、家族あるいは親子の物語として読むと、なんだか切なくなる。こうした「人間くさい」話を知ると、将軍であっても、そして彼ら一人ひとり生まれた場所や育った境遇が違っても、人間の悩みは一緒なのかもしれないとしみじみ感じる。

文=清水銀嶺

あわせて読みたい