細野晴臣の「夢日記」をリリー・フランキー、塙宣之らが短編小説化!

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/17

細野晴臣 夢十夜
細野晴臣 夢十夜』(朝吹真理子、リリー・フランキー、塙宣之(ナイツ)/KADOKAWA)

「夢を語るにも才能が必要だ」と言ったのは精神科医で批評家でもある斎藤環氏だ。斎藤氏は、夢の突拍子のなさを支えるのは「現実の砂漠」だ、とも述べている。要するに体験した事実やその語り口がつまらなければ、他人の夢は退屈にならざるを得ないというわけだ。夢日記の名手といえば、古くは北一輝氏から、横尾忠則氏、つげ義春氏、谷山浩子氏まで数多いが、この系譜に細野晴臣氏を並べてみてもいい。『細野晴臣 夢十夜』(朝吹真理子、リリー・フランキー、塙宣之(ナイツ)/KADOKAWA)を読んで、そう思った。

 細野晴臣氏は、はっぴいえんどやYMOなどのメンバーで、後続に与えた影響は計り知れないミュージシャン。そんな細野氏は、昔から明晰な夢を見る体質だったらしく、夢日記を書くことがルーティンになっている。そして、この日記がべらぼうに面白いのだ。

 そんな細野氏の夢日記は、2006年7月から2007年3月、WEBサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載されており、本書にも収録されている。細野氏の夢はいずれも魅惑的かつ幻惑的で、夢を記述する際の筆さばきは、氏のストーリーテラーとしての才能が十全に発揮されている。とにかく、夢の中の設定や登場人物、物語の展開などがミステリアスで奥深い。

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 具体例を挙げてみる。カイロのような場所でアイアン・ホースに乗っていると、原宿警察署が動き出す「Iron Horse」。日本映画のナレーションの現場からほど近くに、プリンセス天功が現れて自分と同じ方向に歩む「プリンセス天功」。とある作業中に山下達郎が出てきて、“細野さんは自分のやってきた音楽を自分で検証しているか?”と問いただす「極北の音楽」など、どれも細野氏の妄想力と想像力が爆発している。(書籍より抜粋)

 また、芥川賞作家の朝吹真理子氏、俳優としても活躍するリリー・フランキー氏、YMOファンのお笑い芸人であるナイツの塙宣之氏が、細野氏の10篇の夢を短編小説化。原典に手を加えたり改変したりする、という意味では、この作業は音楽で言うところの“リミックス”に近い。細野氏もあがってきた小説を読み、そう思ったのではないだろうか。

 それにしても、リミキサー的な3人の掌編が、いずれも素晴らしい。現実と虚構のあわいを行く作風が、芥川賞を受賞した『きことわ』にも通じる朝吹真理子氏。塙氏が自分たちのホームグラウンドである浅草の芸人たちを描いた『免許皆伝』がいい。

 そして、いちばん推したいのは、星新一氏のショート・ショートを連想させる、リリー・フランキーの「起きたきり老人」だ。死ぬまでまったく眠らなくても平気になってしまう錠剤を飲む話で、その効能や副作用がどうなるか、最後まで目が離せない。文章自体は淡々としておりシンプルなのだが、奇妙で不可思議な余韻を残すのが特徴である。

「ジャイロスコープ」「スノーボール」「バスタブの怪」「ピラミッド」「ユーモレスク」「聖者の行進」「超次元セグウェイ」「半島の兄弟」「無理解」など、小説のタイトルを並べるるだけで期待が高まる。そしていざ目を通すと、まるで細野氏の脳内に素手で触れているような感触を覚えるのだ。フロイトやユングといった心理学の大家なら、多くの夢を性的なモチーフと絡めて論じるに違いない。が、本書に精神分析的な記述は非常に少ない。それは細野氏や読者にとって、彼の夢は分析や解釈の対象ではなく、ひとつの独立した作品であり、細野氏なりの文学であるから。そう言えるのではないだろうか。

文=土佐有明

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