「セフレじゃなくてメフレになりませんか!?」真っ直ぐで対等な男女関係を描いたマンガが話題! 『ただの飯フレです』著者インタビュー【今月のバズったマンガ】

マンガ

公開日:2023/8/30

 今どき面白いマンガはSNSにあり! ということで、本連載ではSNSで話題になった面白いマンガをピックアップし紹介していきます。

提供:Minto編集部

『ただの飯(メ)フレです』。このタイトルから、ある別のワードを連想する方は多いかもしれないが、扇情的な展開を予想して作品を開くとその期待は見事に裏切られる。

ただの飯フレです

 本作の主役は、ひとりで食事をするのがさみしい“平凡なオトナ女子”春川と、モヒカンとピアスが目を引く“爬虫類顔男子”真冬のふたり。マッチングアプリで出会った春川と真冬は「ごはんを一緒に食べるだけ」の関係を通してつながり合う。

 食事を重ねるごとにふたりの仲は深まっていくが、恋の気配はいっこうに生まれないのが本作の特徴だ。男女の駆け引きや恋愛感情からは距離を置き、穏やかに心の距離を縮めていくふたりの様子に、X(旧Twitter)上では「こんな漫画が読みたかった」「自分も飯フレが欲しい」という声が寄せられている。

advertisement

 作者・さのさくらさんに本作に込めた思いを伺った。

本作品を試し読み

恋愛だけが男女関係ではない

――タイトルや設定をきっかけに引き込まれた読者も多いと思いますが、「飯(メ)フレ」のアイデアが生まれたきっかけを教えてください。

さのさくらさん(以下、さの):前の連載が終わる頃、次の連載にむけて色々考えている時に「男女の関係に『飯フレ』って選択肢があったらいいよなぁ」と思いついたのが始まりです。

 男女の関係がたいてい“恋人や家族”に向かってしまうことに元々さみしさを感じていました。「恋愛を前提としない男女の関係があってもいいよね」という願いを込めて描いています。

――男女の関係における固定観念や選択肢の少なさに違和感があったということでしょうか?

さの:そうですね。現実の世界では年を重ねるにつれて役割が増え、“荷物を下ろさずに”大人の男女が接することは難しいと感じています。

 荷物とは例えば、男性や女性など特定の性であること、恋愛対象であるかどうかや、結婚への意識などをイメージしています。生きてきた中で培ってきたものを通して自分を見られることは、時に役立ちますが、息苦しさを覚える場合も多いと思います。

 そうしたものから少し離れて、一人の人間同士としてコミュニケーションを取れる関係が選択肢にあれば、もっと世界は楽になることがあるんじゃないかなと考えています。

――春川さんと真冬さんの互いへの接し方には、相手へのリスペクトや踏み込みすぎない配慮を感じます。

さの:私自身が元々、プライベートな領域を大切にするタイプなんです。

「これ以上は入らないでほしい」みたいな、自分の心のパーソナルスペースを保とうとする感覚が強くあると、この社会では生きにくいこともあるなと感じていて…。そのあたりはふたりにも反映されているかもしれません。

――X(旧Twitter)上でも、「男女なのに、食事をして話すだけという関係が尊い」などの反響が多く見られます。ふたりの関係を描く上で大切にしていることはありますか?

さの:「ふたりの距離感がいい」と言っていただけることがすごく多いんですが、実は自身としては意識的には描いてないんです。きっと、自分の中にある理想の「人との距離感」が自然に出ているのだと思います。

ただの飯フレです

 ふたりが一緒にいるところを想像すると、異性として意識し合うふたりというよりも一対一の個人として向き合う姿が思い浮かびます。お互いの空間を守りながらキャッチボールをするイメージですね。

――ところで、ふたりの名字である「春川」と「真冬」には対比する季節が入っていますが……?

さの:ふたりを主人公として立てた時に、コミュニケーションに対して「開いている」方と「あまり開いていない」方という違いを作りたかったんです。

 第1話で春川さんが自分のことを語るシーンがあるのですが、春川さんはひとりでいることに寂しさを抱えているし、友達を作りたいという気持ちがある。外に対して開いていくイメージから「春」を名前に入れました。対して真冬さんは、自分の世界や価値観を明確に持っています。人に迎合しない様子が、相手によっては閉じているように感じられてしまうこともある存在なので、冬のイメージです。

 コミュニケーションに対する姿勢が異なるふたりだからこそ、会話の中で違った観点から自分を見つめ直すことができますし、“新しい気づき”を得られるのではないかと思いました。

――タイプや性格は異なりながらも、気兼ねなく食事と会話を楽しむふたりの姿に「自分も飯フレが欲しい」という感想が寄せられています。

さの:人との食事が実はそんなに得意じゃなかったんですが、この作品を描く中で「気の置けない関係で食事を楽しめるっていいな」って思えるようになってきました。

 特に、1話目でふたりが初対面で過ごした食事のシーンは「こういう食事ができたら理想だな」という気持ちで描いたんです。

 初対面の人との食事って、普通は気にすることがいっぱいあると思うんですよね。相手と自分の好み、店の雰囲気や価格帯など、気にし始めたらきりがないです。そういうことを超えて自然体になれる人と出会えたら素敵ですよね。

大切な思いは「誰も取りこぼしたくない」

――ふたりを取りまく周囲のキャラクターたちも、リアリティや人間味があって魅力的です。

さの:ほぼ毎話に新しいキャラクターを登場させています。「こういう人っているよね」と思ってもらえるよう、自分なりにすごく頑張って毎回考えています。

 街でなにげなく聞いた会話や、暮らしの中であったちょっと嫌だったことなど、色々な発見を心の中に貯めていき、「今回はこれを軸にして書こう」と選んだものを核にしてキャラクターやエピソードを作り込んでいます。

――キャラクターやエピソードを作り込む上で大変なことはありますか?

さの:「ひとりだけの世界に迷い込まない」という感覚をいつも大切にしています。ひとりで考えているとどんどん独りよがりになって、作品を通して読者の方や世界とコミュニケーションが取れなくなってしまうんじゃないかという怖さがあって……。

 担当編集さんとの打ち合わせを中心に、周囲の人との関わりや作品へのコメントなどを通して、「世間とのチューニングが取れていること」に常に気をつけています。

 今回の作品は特に「誰も取りこぼしたくない」という気持ちが強いんです。読み方や読み手を選別したり制限したりするような作品にはしたくないと思っています。

ただの飯フレです

 キャラクターを描く時にも、一元的な描き方にならないように注意しています。春川さんに言い寄る“ポンコツ男子”として、無地川さんというキャラを登場させた回があります。春川さんの事情そっちのけで泣きついてくるダメな人なんですが、春川さん視点でただ“成敗”するのは違うなと思いました。

 そういう「一方的なコミュニケーションをやめよう」というのが、『飯フレ』のテーマのひとつでもあるので……。キャラクターそれぞれが抱える気持ちや事情に寄り添った描き方をしたいと思っています。

――キャラクター作りの背景を伺うと登場人物の見え方が変わってきます。特に好きなキャラクターは誰ですか?

さの:真冬さんの職場の上司である山口さんというおじさんキャラです。彼は結婚していますが、自分の妻が浮気していることに偶然気づきます。目の前の容易には受け入れ難い現実と、妻への感謝や5歳の娘への気持ちなど色々な感情を天秤にかけ、妻には何も尋ねない選択をとっています。

 多くの作品では、問題を解決することを「いいこと」としているように感じられます。その方が希望が感じられるし、いいことだとは思うんです。ただ現実生活では、解決せずに飲み込み続けなければいけない場合もありますよね。

 解決できない問題を抱えている人にとって、「解決が善」という考え方はすごく苦しいものになるんじゃないかと感じています。解決できないことを「悪い」ことにしたくないなという気持ちを込めて、誕生したのが山口さんです。

ただの飯フレです

表現を続けるモチベーションの源泉は?

――さのさんは「1」ある物事から「10」や「100」を感じ取るパワーがあるように感じます。感じたことを漫画として表現し続ける原動力はどこにあるのですか?

さの:漫画は小さい頃から読んでいて、種村有菜先生などの少女漫画に強い憧れを持ったのが始まりですが、Twitterに漫画をアップし始めたのは今から4年前ぐらいです。元々、商業作家になりたい思いはあったんですが、皆レベルが高いので自分には無理だと思っていました。

 自分が発信したものに対して、知らない人から「自分はこう思います」とか「こういうのはどうかな」みたいな反響がきた時、すごく嬉しかったのを覚えています。

 皆が自分の思いや考えを言いたくなるようなことを発信できた瞬間が多分一番嬉しいんですよね。黙っているとどんどん孤独感が強くなって、世界の端っこに行ってしまうような気持ちがあるので……。何かを伝えて反応があることで「あ、ちゃんと繋がってる」という気持ちになるのが一番のモチベーションかもしれないですね。

――漫画を書いていて、どんな時に「楽しい」と感じますか?

さの:自分が日々考えていることをうまくストーリーに落とし込めると嬉しいです。今までの作品では正直、うまく自分の実感を話にのせられなかったこともあるのですが、今回の『飯フレ』ではどの話にも“血管を通せている”感じがします。自分でもリアルな思いを込められている実感があるし、その上で読んでもらえているのが一番嬉しいですね。

――逆に苦しい時はどんな時ですか?

さの:大変なことといったらやっぱり作画が……(笑)。『飯フレ』では自然な動作を描くのに難しさを感じています。ごはんを食べている時に「肘のとことかどうなってるんだろう?」とか(笑)。

――毎話の扉絵では、食事をしたり髪を整えたり、暮らしの中のなにげない動作が描かれていますが、どれも素敵です。

さの:扉絵は、自分の中で「かっこつけていい」場所だと思っているんです。映像作品のワンカットのような、ポスターのような意識で描いています。

――『飯フレ』のこれからを楽しみにしています。最後に、漫画家としての目標を教えてください。

さの:今、いろんなものの立ち位置やヒエラルキーが混ぜこぜになっているなと感じています。漫画の世界でも、さまざまな発信の場が生まれ続けています。とても困難なことだとは思うのですが、「さのさくらの漫画があるから、その雑誌や場所を見に行ってみよう」と思ってもらえる存在になるのが理想ですね。

文=Minto編集部 七倉 夏

さのさくら様

さのさくら

WEBマンガサイト「comicブースト」で『ただの飯フレです』を連載中。著書に『生真面目な夏目くんは告白ができない』(KADOKAWA)、『JKさんちのサルトルさん』(講談社)、『世界が終わったあとの漫画家と編集者』(新潮社)など。
X(旧Twitter):@sacla07(https://twitter.com/sacla07

<第6回に続く>

あわせて読みたい