ドールに沼ったおじさんが可愛すぎる!『ドルおじ #ドールに沼ったおじさんの話』作者インタビュー【今月のバズったマンガ】

マンガ

公開日:2023/9/8

 今どき面白いマンガはSNSにあり! ということで、本連載ではSNSで話題になった面白いマンガをピックアップし紹介していきます。

提供:Minto編集部

 おじさんを主役とした作品の人気が伸びている昨今、その中でも異色の“おじさんもの”が話題を呼んでいる。『ドルおじ #ドールに沼ったおじさんの話』(さとうはるみ/新潮社)の主人公は、42歳のサラリーマン・矛橋真澄。会社でもプライベートでも孤独を抱えて趣味もなく、灰色の日々を過ごしていた。しかし、界隈で幻とされるドール・スターレットとの出会いをきっかけに、矛橋の日常は波瀾万丈に満ちた虹色の日々へと変わっていく。

ドルおじ

 本作では、スターレットと運命の出会いを果たし、ドールの“沼”にハマっていく矛橋(ドルおじ)の喜びと悲しみが克明に描かれている。奔走するドルおじの滑稽なまでに“本気”な姿には、共感や応援の声が多く寄せられている。

「ドール×おじさん」というニッチな世界を圧倒的な画力で描く作者・さとうはるみさんに、誕生秘話や本作に込めた思いを伺った。

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本作品を試し読み

なぜドルおじは可愛いのか?

――スターレットのために一生懸命なドルおじの姿に、「ドルおじが可愛すぎる」と多くの反響が寄せられています。魅力的なキャラクターが生まれたきっかけを教えてください。

さとうはるみさん(以下、さとう):「ドール×おじさん」のお話を始めようとしていた頃、ある時ドールのお店に行ったんです。ひとりのおじさんが小さな女の子のドールをそっと抱えて、店頭にあるドール用の帽子をドールに被せてはまた別の帽子を試し…ということをずっと繰り返していて。その様子を見て「すごく愛らしいな」と心が動かされたことを覚えています。

 おじさんにとって大切であろうその子のために、時間や手間をかけて真剣に選ぶ姿勢に、人間としての素晴らしさを感じました。本人はいたって真面目なんですが、はたから見ると「おかしさ」や「可愛さ」もあって、「ドール×おじさん」の話を描くならばやっぱりこういう可愛い人を描きたいなと強く感じました。

ドルおじ

 印象的な思い出がもうひとつあります。またしてもドールのお店で、おじさんが店員のお姉さんに何かを尋ねていたのですが、お人形さんを自分と同じ目線の高さになるように抱え、お人形さんの顔も店員さんに向けて話していたんです。そのおじさんにとって、ドールはモノではなくて「人」なんですよね。人によっては共感しづらい情景かもしれないのですが、私には「この人にとって本当に大切なドールなんだな」という思いが湧き上がりました。外見の“おじさん感”とピュアな中身のギャップにも惹かれました。

 こんな風に出会ってきたさまざまなおじさんの言動を自分なりに解釈して、自身が「可愛いな」と思えてふふっと笑えるキャラクターを目指していたら、いつの間にかドルおじが出来上がっていきました。

――ドルおじが照れたりキュンとしたりする表情は、可愛くて応援したくなります。おじさんを描く上で気をつけていることはありますか?

さとう:「こんなおじさんいるのかな?」と思ってしまうようなキャピキャピ感を出しすぎないように注意しています。おじさんの背後に、描いている作者の顔が目立ってしまうと作り物に感じられてしまうんですよね。おじさんの「可愛さ」を強調させすぎないように気をつけています。

 あとは、決めるべき時はちゃんと年配らしくビシッと決めたり、新しいものや若者文化に戸惑ったり、年相応のおじさんらしさを描くことも忘れないようにしています。

――ドルおじが全身全霊で喜んだり悲しんだりする様子に、毎回楽しく笑わせてもらっています。

さとう:ドルおじが辛い目にあうなど、暗いシーンは暗くしんどくならないように意識していますが、それ以外では実は、意識的に笑わせようとはしていないんです。ドルおじの気持ちに寄り添って、ドルおじの真剣な思いをそのまま絵に起こそうとしているだけなのですが、この「一生懸命さ」がはたから見ると「面白い」や「可愛い」につながっているのかもしれません。

――確かに、ドルおじの心情を表した絵にはインパクトがあります。ドルおじがスターレットと出会ったシーンでは宇宙をバックにするなど、壮大な情景が印象的です。

さとう:やっぱり漫画なので、絵で感動させたいというのは強く意識しています。9話で、スターレットに服とウィッグを着けて、とうとうスターレットがドールとして一度完成を迎えるシーンを描きました。このシーンも、一応吹き出しはあるのですが「あはぁ…!」とか言葉にならないセリフのみで完結しています(笑)。ドルおじが感じた言葉にならない感動を伝えたくて、色々考えた結果天使を舞わせました。感動を伝える“絵のボキャブラリー”を今後も増やしていきたいなと思っています。

ドルおじ

 絵の表現の引き出しを増やすほか、ある意味“調子に乗って”描くことも大事にしています。今例に挙げたシーンでも、自分にとって「天使を描くのが正解だ」と思ったら、その気持ちを信じて迷わずノリノリで描き切る勢いが大切なのかなと考えています。

――出した答えを信じ、迷わずテンションをキープして描き続けることが大変な時もあるのではないでしょうか?

さとう:SNSでいただけるコメントや担当編集さんとのやり取りを通じて、「人とコミュニケーションしながら描けている」実感が“ノリノリ”のキープにつながっていると思います。反応をもらえること自体も嬉しいし、反応をもらうことでさらにいいものが書けるはずだという気持ちが生まれてくるんです。

 X(旧Twitter)でいただくコメントも全部見ています。こちらも涙を浮かべてしまうほど感動的な言葉をくださる方もいて、「一人きりで書いているわけじゃないんだな」と実感できて嬉しいです。

ドールに沼った理由とは

――続いて、スターレットのお話も聞かせてください。ドルおじの愛らしさに対し、スターレットの美しさには神々しさすら感じられます。ドールを描く上でのこだわりはありますか?

さとう:こだわっているのは、瞳、髪、洋服、そして関節です。瞳、髪、洋服は「とにかく情報量を多く!」を信条に、締め切りギリギリまで書き込んでいます。

 ドールにおいて、瞳と髪は生気の源だと思っていて、瞳と髪に生気を宿らせるために、私の場合は情報量、つまり書き込みを多くすることを意識しています。例えば瞳を描く時、ただハイライトをポンとひとつ置いて光を表現するのではなく、たくさん線を書き込むことでぽわーっと柔らかく光らせるような表現を意図したり。もっと自由にさまざまな表現ができないかと模索しています。

ドルおじ

 あとは、関節をもっとしっかり描いていきたいですね。私にとって、関節はドールをドールたらしめているもののひとつなんです。人間らしさを出すためにドールには関節があるはずなのに、実際は逆に人間らしさから離れて見えるようなギャップやグロテスクさに魅力を感じています。ドールに感情移入して考えると、人間になりたいのに人間ではなくなってしまうジレンマのような……。関節や、関節による動きの描写はまだ納得がいっていなくて、もっといい絵を作れるようにこだわっていきたいと思っています。

――ドールへの愛情が深く感じられます。ドールの世界とはどうやって出会ったのですか?

さとう:中学生の頃、押井守監督のアニメ映画『イノセンス』を観たんですが、ハダリという女性型ロボットが出てくるんです。和服を着た美しい少女ですが、着物の下の体にはドールのような球体関節があって、動き方も異様で……。ハダリを初めて見た時に「なんなんだ、これは!?」と衝撃を受けました。いろんな雑誌を調べる中で、ハダリのモデルとなるドールを作った人形作家・吉田 良さんの存在に辿り着きました。早速吉田さんの著書を購入し、その本を見ながら見よう見まねで、1年ぐらいかけて1体ドールを自分で作ってみたのが始まりです。そこから見事にドールの沼にはまり、今に至ります(笑)。

――なぜドールの沼にはまったのだと思いますか?

さとう:いろんなお洋服を着せたり、髪型を変えたり、自分自身では中々できないこともドールなら叶えられるのが、ドールのよさではないでしょうか。あとは、愛情を惜しみなく注ぐことで自分も満たされたり、そばにいてくれるだけでちょっと安心したり、そういう愛情のやり取りの対象としての存在でもありますね。

人とのつながりを大切にしたい

――ドールへの愛情やこだわりが詰まった本作ですが、特に気に入ってるシーンやエピソードはありますか?

さとう:3話で描いた「ヤケコーラ」のシーンです。反響もたくさんいただきました。

ドルおじ

――ドルおじが、スターレットのヘッドのみを意図せず100万円で購入してしまい、絶望するシーンですね。ヤケ酒ならぬヤケコーラにまみれる様子に、ドルおじの魂の嘆きが感じられました。

さとう:100万円でドール1体を買ったつもりがヘッドしか届かない事態が起きたら、とてもしんどくて絶望も大きいはずなので、ウェットな雰囲気にならない表現をすごく考えました。

 この話を描いた時はまだ担当編集さんがいなかったので、家族とおすし屋さんで食事しながら「こうしたら笑えるんじゃない?」とネタ出ししあったのを覚えています。そうして試行錯誤して作り上げたものに反響をもらえるのはすごく嬉しいです。

ドルおじ

 今思うと、ずっとひとりきりで考えていたら、ここまで「面白い」と言ってもらえることはなかっただろうし、ストーリーももっと違った形になっていたと思うんです。

 例えば、ドルおじは会社の部下に疎まれているのですが、ドールの世界が広がったことをきっかけに、部下たちとの意思疎通を図り、ドルおじ自身の変化を予感させる回があるんです。このアイデアは、担当編集さんの「会社でのドルおじが見たい」という一言から生まれています。私ひとりだったら思いつかない視点でした。

 これからも、周囲の人や読者の方の反応など誰かの意見を聞いてみたり、人との縁やゆかりを大切にして作っていきたいです。

――最後に、作品の今後の展望を教えてください。

さとう:「誰かに出会う」物語を書いていきたいと思っています。作品の中では、ドルおじはこれからもいろんな人に出会っていくはずです。また、作者である私は、作品を通してたくさんの読者さんや担当編集さんに出会えました。

 例えば、この作品を読むことでドールに興味が出て、ドールのお店に行ってみたりと、新しい出会いにつながるきっかけをプレゼントできる作品になれたら嬉しいです。

文=Minto編集部 七倉 夏

さとうはるみ様

さとうはるみ

『月刊コミックバンチ』、WEBマンガサイト「くらげバンチ」で『ドルおじ #ドールに沼ったおじさんの話』を連載中。9/8(金)にはファン待望の1巻が発売。
X(旧Twitter):@i_k0726(https://twitter.com/i_k0726

<第7回に続く>