紫式部『源氏物語 十四帖 澪標』あらすじ紹介。身分の差に悩みながらも源氏の子を産んだ明石の君。すれ違うふたりの想い

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/29

 平安貴族の恋愛模様を描いた『源氏物語』。教科書で一部を読んだことがある、主人公の名前は知っているという人も多いかもしれません。詳しい内容を知りたい、全体を読み通してみたいという方のために1章ずつあらすじをまとめました。今回は、第14章「澪標(みおつくし)」の解説とあらすじをご紹介します。

源氏物語 澪標

『源氏物語 澪標』の作品解説

『源氏物語』とは1000年以上前に紫式部によって書かれた長編小説です。作品の魅力は、なんといっても光源氏の数々のロマンス。年の近い継母や人妻、恋焦がれる人に似た少女など、様々な女性を相手に時に切なく、時に色っぽく物語が展開されます。ですが、そこにあるのは単なる男女の恋の情事にとどまらず、登場人物の複雑な心の葛藤や因果応報の戒め、人生の儚さです。それらが美しい文章で紡がれていることが、『源氏物語』が時代を超えて今なお世界中で読まれる所以なのでしょう。

“澪標”とは、舟のために水路の目印として立ててある杭のことで、和歌では「身を尽くし」と掛けて活用されます。

源氏「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひける縁は深しな」
 ――全てを捧げて愛する証拠に澪標のあるここで逢うことができた縁は深いなあ

明石の君「数ならで難波のこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」
 ――身分の低い私なのに、どうして身を尽くして愛してしまったのでしょう

 というふたりのやり取りに因み「澪標」とされる本章は、源氏に選ばれ子を産んだという幸運を喜びながら、田舎育ちという劣等感を捨てることができずにいる明石の君の心理描写が見事です。ここから都に戻り政界へと返り咲いた源氏の人生の第2幕が始まります。

これまでのあらすじ

 夢のお告げと、明石入道の導きにより須磨から明石へと移った源氏は、そこで入道の娘である明石の君に出会う。出自が低く田舎育ちでありながら、美しく気品を備え、洗練された姿に源氏も心惹かれ、ふたりは結ばれる。ほどなくして明石の君は源氏の子を身ごもるが、時を同じくして朱雀帝の宣旨により源氏の都への帰還が決まった。華々しく政界へと復帰した源氏は、紫の上との再会を喜ぶ一方で、明石に残してきた恋人への思いも募らせていくのだった。

『源氏物語 澪標』の主な登場人物

光源氏:28~29歳。須磨・明石から都へ戻り政界へと華々しく復帰する。

紫の上:20~21歳。源氏の妻。明石の君への嫉妬を隠せない。

明石の君:19~20歳。明石で源氏と恋仲になり、源氏の子を身ごもる。

冷泉帝(れいぜいてい):10~11歳。故桐壺院と藤壺の子。源氏と藤壺は隠しているが実の父は源氏。

六条御息所(ろくじょうみやすどころ):35~36歳。若い頃の源氏の恋人。

前斎宮(さきのいつきのみや):六条御息所の娘。伊勢の斎宮(伊勢神宮の神に仕えるため選ばれた未婚の皇女)を務めていたが、朱雀帝の譲位により任期を終え都へ戻る。

『源氏物語 澪標』のあらすじ​​

 源氏が都へ戻った翌年の2月、朱雀帝が譲位し、冷泉帝が即位した。11歳になった冷泉帝は、年齢より大人びて源氏の生き写しのような美しさであった。源氏は内大臣となり、政界は源氏にとって追い風となる情勢であった。

 親友の頭中将も、権中納言に昇進し、12歳になる娘を入内(帝の妃となるため後宮―妃たちの御殿―に入ること)させようと大切に育てていた。亡くなった葵の上と源氏の子、夕霧(このとき8歳)も健やかに可愛らしく成長していた。

 二条院で源氏の帰りを待ちわびていた紫の上への思いもあり、内大臣という立場も重なって、源氏は以前のように軽々しく恋人のもとへ出歩くこともできなくなっていた。

 3月には明石の君に女の子(明石の姫君)が誕生した。安産であったことを聞き安堵すると、なんとしても迎え入れたいという思いを強くし、生まれてきた子のために乳母を選び、細やかな品物と共に、早く娘を抱きしめたいという手紙を明石の君に送った。

 他から聞けば誤解を招くだろうと、紫の上には明石の姫君の誕生を伝えたが、子のいない紫の上の心中は乱れていた。しかし嫉妬に揺れる紫の上の様子をも、いとおしく思う源氏であった。

 その秋に、源氏は住吉にお礼参りのため参詣した。偶然にも明石の君も参詣に来ていたが、源氏の盛大な行列に気後れし、身分の差を感じながら遠くに源氏一行を眺めるだけであった。このことを知った源氏は、歌と慰めの言葉を送った。

 朱雀帝の譲位に伴い、伊勢の斎宮は任期を終え母の六条御息所と共に帰京した。六条御息所は以前と変わらず優雅な住まいで風情のある暮らしをしていたが、急に大病を患い衰弱していく。娘の前斎宮のことを案じ源氏に娘の将来を託す一方で、決して色めいた相手として考えないでほしいとくぎを刺した。源氏は、前斎宮の美しい姿に惹かれながら、息を引き取った御息所の願いを聞き入れ、前斎宮を養女とした。朱雀院が前斎宮を所望しているということも知ってはいたが、故御息所の遺言ということで前斎宮を紫の上のいる二条院へと移そうと考えていた。

 兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや、藤壺の兄)や権中納言も娘を入内させようとしているが、冷泉帝と同じくまだ幼いので遊び相手としては良いが、前斎宮のような大人びた人が世話役として入内するのが適任であろうと帝の母・藤壺も考えていた。

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