【連載】『小説 最後の恋』第4回 中嶋ユキノ×蒼井ブルー

文芸・カルチャー

2018/10/10

 10月10日に3枚目のオリジナルアルバム『Gradation in Love』をリリースする、シンガーソングライターの中嶋ユキノさんと、ツイートをまとめたエッセイ『僕の隣で勝手に幸せになってください』をはじめベストセラーを連発する、文筆家・写真家の蒼井ブルーさんがコラボレーション。『Gradation in Love』に収録される楽曲“最後の恋”をテーマに、蒼井ブルーさんが書き下ろした『小説 最後の恋』をお届けします。さらに、この書き下ろし小説のストーリーとリンクした、“最後の恋”のMVを制作(10月に公開予定)。どのような物語が展開されるのか、ぜひ確かめてみてください。

「七海ちゃん元気? 今日は割と暇だからよかったら仕事帰りにでも寄って」

 メッセージの送信主は色彩の店長で、なんだ店長か、と思ってしまった。

 須田くんとはもう2週間ほど連絡を取っていない。何度か電話があったが、私が出なかった。いや、出られなかった。どのような態度で接すればよいのかよくわからなかったから。

 彼は私が出会ってきた人の中でも、いちばんだといえるくらいにやさしい心の持ち主だ。その上、笑うと目がなくなるタイプの顔をしていて、そんな姿に触れるたび、もう一層そう思えて、胸がじんわりとあたたかくなった。

 私は、自分へ向けられたその顔を見るのが何より好きだった。大事にされている、愛されているのだと思えて、心から安心することができた。

 あのとき、彼は「もういい」と言ったが、あれをもって私たちの関係は終わったのだろうか。今、彼が私のことをどのように思っているのか知りたい。

「いらっしゃい。あれ、七海ちゃん、しばらく見ない間にまたかわいくなったんじゃない?」

 今日は割と暇だと言っていたにもかかわらず、しっかりと入店待ちをさせられるあたり、色彩は本当に繁盛している。インスタ女子会の日のことや、案内人をしたこと、カウンター席で3人いつまでもだらだらと話したことなど、すべてが遠い昔のことのように思えてくる。

「最近、ふたりはどうなの? ちゃんとうまくいってる?」

「この間、けんかにみたいになっちゃって、それから連絡取ってないんです。いや、けんかっていうか、私のことがわからないって言われて」

「わからない? ってどういうこと?」

「なに考えてるかとか、どう思ってるかとか、たぶんそういうことかなって思うんですけど」

「うーん。僕はさ、ここに来てるときのふたりしか知らないから、ほんとのところまではよくわからないんだけど、須田くんはさ、七海ちゃんの、なんていうか、控えめ? なところが寂しかったんじゃないかなあ。まあ、彼はもともとなんでもよく話す子だっていうのもあるけど、でも見てたらさ、話してるのはいつも彼ばっかりで、七海ちゃんはあんまり自分のことを話してなかったでしょ? いや、なんか、おせっかいなこと言っちゃってごめんね。でも七海ちゃんはかわいいから、大丈夫だと思うよ。今日はゆっくりしていってよ」

 自分で言ってしまうのは気が引けるが、私の容姿は悪くないと思う。学生時代を含め、黙っていてもいつもよくモテた。なんなら今がいちばんかわいい自信だってある。少女時代の可憐さに、少しずつ女性の魅力をまとわせてきた。

 いや、もしかすると私は、それをどこかではき違えてしまっていたのだろうか。お化粧が上手になっていったり、好きな洋服やアクセサリーを身に着けられるようになっていったり、魅力とは果たして、そういったことでよかったのだろうか。

 私の恋愛は、いつも私がふられるという形で終わりを迎えた。どれだけ熱烈に言い寄られ、愛されたとしても、決まってそうなのだ。ふられる頃にはもう、私も十分にその人を愛してしまっているので、最後に私ひとりが傷ついて終わる。ひどいシステムだと思う。

 そのような経験を積み重ねていった結果、私は人から嫌われることを極端に恐れるようになった。特に好きな人の前では、それがじゃまをして気持ちを素直に表すことができない。

 自分を守るために自分らしく振る舞うことを放棄するだなんて矛盾の極地だ、ばかげている。しかしそうとわかっていながら、私は自分を変えることができなかった。いや、そもそもが試みてもこなかったのだと思う。

 意気地なしな上にずるいだなんて、自分で自分が嫌になる。好きな人に嫌われた上に自分でも嫌になるだなんて、もう本当に救いようがない。

 店長が言うように、須田くんはなんでも話してくれた。

 楽しいときにはその楽しさを、うれしいときにはそのうれしさを、いつも丁寧に話してくれた。ときには後ろ向きな感情も。俺は今こんなふうに思っているんだよ、こんなことを考えているんだよと、いつも私に話してくれた。愛情表現もまっすぐだった。君のことが好きだよと、何度も何度も言ってくれた。あの、やわらかな笑顔でもって。

 そんな彼に、私は何を話してきただろう。自分の何を見せてきただろう。

「店長、私、もう行きます」

「もう帰っちゃうの? もう少しだけいたら?」

「あの、いろいろごめんなさい。私、行きます。ありがとうございます」

 色彩を出た私は、「今からおうちに行っていい? 今日どうしても話したいことがあって」と彼に送信し、足早に駅へと向かった。

 らしくない行動力が我ながらおかしい。勇気って、じわじわと少しずつ養われてゆくものではなく、あるとき何かのきっかけで、パン、と弾けるものなのかもしれない。

 返信はすぐにあった、「出かけてるから無理」とだけ。

 勢いよく抜いた刀、しかし今度はそのしまい方がわからない。やはり慣れないことはするものじゃない。私はとぼとぼと駅へたどり着き、ベンチに座って、ただぼんやりとするしかなかった。

 須田くんにはもう会えないと思う、もう会ってもらえないと思う。いくら鈍い私でも、それくらいのことはなんとなくわかる。彼のことがこんなにも好きだった、それも改めてよくわかった。気がつくのが少し遅かったけれど。

 こんなときでもおなかはすくのだと、私はまた自分のことが嫌になった。

 もう帰ろう、そう思ったとき、隣に誰かが勢いよく座った。

「あーよかった。電話しても出てくれないし、いきなり家に押しかけて怖がらせちゃうのもあれだし、どうしようって思って、もしそっちに顔を出したら連絡くださいって店長に頼んどいた。で、来てみた。さっき返信したときはもう向かってる途中だった。あー疲れた、久しぶりに走ったし。ていうか隣、大丈夫だった? もう座っちゃってるけど」

 ああ、この顔だ。

「話って何? 別れ話? 俺、あんなふうに泣かせちゃって、やっぱり嫌われたよね? あのあと、めちゃくちゃ後悔してたんだよ。自分の言いたいことばっか言って、七海ちゃんの気持ちも確かめないまま帰っちゃって。ほんとごめん。だってさ、彼女が泣いてるのに帰ったらだめでしょ、うん。怒ってる? いや、怒ってるよね、そらあ。ほんとごめん、ごめんね、ごめんなさい」

 思わず笑った。今日は私の番だったはずなのに、彼が全部を言おうとするから。

 本当にそうなってしまう前に、今の気持ちを伝えた。素直に、丁寧に、胸の中の全部を。話しながら、なんか須田くんみたいだ、と思えてまた笑った。

 せっかく私が笑っているというのに、彼は少し泣いた。

「話してくれてありがとね、うれしいな。俺、七海ちゃんのこと、好きになった。いや、もともと好きではあったんだけど、大好きになったよっていう意味で。いや待てよ、もともと大好きだったなあ。あれ、どう言えばいいんだ?」

 そう聞いて私も泣いた、笑いながら泣いた。

 色彩へ行くと店長が外で閉店作業をしていた。

「今日って、もう終わりですか?」

 店長はしばらく私たちを眺めたあと、にっと笑って、「お好きな席へどうぞ」と言った。

<完>

第3回はこちら