新宿二丁目で僕が待ち合わせしていたのは… /『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』②

文芸・カルチャー

2019/8/2

話題のNHKよるドラ「腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。」原作。
同性愛者であることを隠して日々を過ごす男子高校生は、同級生のある女子が“腐女子”であることを知り、急接近する。思い描く「普通の幸せ」と自分の本当にほしいものとのギャップに対峙する若者たちはやがて――。

『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(浅原ナオト/KADOKAWA)

■第2回 新宿二丁目で僕が待ち合わせしていたのは…

 本屋を出て、新宿二丁目に向かう。

 新宿二丁目。同性愛者の聖地。もっとも僕は昼にしか訪れたことがないから、街に吸い寄せられた同性愛者たちが織り成す濃密な夜は知らない。とりあえず、一回五万円の男性モデルが表通りに堂々と看板募集されるぐらいには自由の国だ。

 二丁目のメインストリートである仲通りを歩く。半裸男性のポスターを貼りつけたアダルトショップを横目に狭い路地を曲がると、黄色い背景に『’39』という黒文字が記された看板が目に入る。昼はカフェ、夜はバーをやっている僕の目的地。

 板チョコみたいな扉を開く。カランコロンと扉についているベルが鳴る。紺色のエプロンを身に着け、カウンター内のシンクで食器を洗っていたイギリス人オーナーのケイトさんが、ぼんやりとしたランプ照明に白い肌とブロンドの長髪を輝かせて笑った。

「純くん。いらっしゃい」

 入口近くのカウンターに座る。ケイトさんが寄って来て僕に声をかけた。

「学校はまだ春休み?」
「今日まで休みで、明日から新学期です」
「Homework(ホームワーク)は終わったの?」

 ケイトさんはお客さんと話す時、言葉の端々にやたら発音のいい英単語を挟む。商売人としてのキャラ付けだそうだ。

「休みに入ってすぐ終わらせました」
「えらいわねえ。いつものでいい?」
「はい。お願いします」

 ケイトさんがコーヒーミルのところへ向かった。僕はゆったりと回る天井のシーリングファンを見上げながら、BGMとして流れている洋楽に耳を澄ます。明るい曲調に乗った意味深な歌詞を耳に取り込み、気分を高揚させる。

「お待たせ」

 いつの間にか、ケイトさんが僕のカフェラテを持って傍まで来ていた。僕は「あ、どうも」と慌ててそれを受け取る。ケイトさんがくすくすとおかしそうに笑った。

「ぼけっとしちゃって。どうしたの?」
「すみません。好きな曲だったので」
「ああ。Good Old Fashioned Lover Boyね」

 イギリスの四人組ロックバンドQUEENの『グッド・オールド・ファッションド・ラヴァー・ボーイ』。ファン外の知名度は低いけれど、ファン内の知名度は高い人気曲。QUEENの楽曲名を店名に使用し、昼はQUEENの曲をBGMとして店に流すぐらいのファンであるケイトさんも当然知っている。そもそも僕にQUEENを教えたのは、ケイトさんだ。

「この曲、Lyric(リリック)の解釈が二つあるじゃない」ケイトさんが、カウンターの向こうから少し身を乗り出した。「どっちが好き?」

 二つの解釈。一つが、男性である「I」が同じく男性である「YOU」とのデートに臨む男同士の恋愛の歌だという解釈。素直に真っ直ぐ歌詞を読めばこちらになる。もう一つが、デートに赴く男性の「I」を周囲が囃(はや)し立てる歌だという解釈。歌詞の「YOU」を男性と読める箇所がコーラスなので、そこを周囲から「I」への呼びかけだと理解すればこちらになる。

 僕は、迷うことなく答えた。

「決まっているじゃないですか」
「そうね。ワタシもそっちが好き」

 ケイトさんが音楽に合わせて小声で歌い出した。綺麗な発音、綺麗な声、綺麗な肌、綺麗な髪、綺麗な瞳。僕がゲイでなければおよそ一回りの年齢差なんか軽く乗り越えて、あっという間に恋に落ちてしまったかもしれない。そしてケイトさんはレズビアンゆえにその望みは叶わず、毎日泣きながら暮らしていたかもしれない。ゲイで良かった。

 カランコロン。
 扉のベルが鳴った。弾かれたように僕は入口を見る。スラッとした身体(からだ)を糊のきいた襟シャツで包んだ中年男性が目に映る。切れ長の目元とくっきりした目鼻立ちが格好いい。僕にこの店を紹介した、いつも僕とこの店で待ち合わせをする、僕が今この店で待っている人。

 僕は、彼の名前を呼んだ。

「マコトさん」

 マコトさんが微笑んだ。そして僕の隣に座り、優しく声をかける。

「待ったかい?」
「ううん。今、来たとこ」

 ケイトさんが「ぷ」と小さく噴き出した。マコトさんが怪訝(けげん)な表情で尋ねる。

「どうした?」
「ごめんなさい。貴方が来た時の純くんがあまりにもCuteで、つい」
「どういうことかな」
「柴犬の耳と尻尾が見えたわ。耳をピンと立てて、尻尾をブンブン振っているやつ」

 僕は縮こまった。マコトさんは「へえ」と愉快そうに呟き、僕の首の後ろを軽く掴む。

「首輪は見えなかったかな」大きな手が首筋を撫でる。「つけたつもりなんだけど」

 ケイトさんが肩を竦めた。

「外しちゃったんじゃない?」
「そうか。それじゃあ、つけ直さないと」

 マコトさんが僕の首をむにむにと揉む。ケイトさんが「Americanね」と言って、その場を去った。すさかずマコトさんが僕の耳元に顔を寄せ、囁く。

「首輪、本当につけようか」

 僕の肩が上がった。マコトさんが僕の首から手を離して、その手をジーンズの前に伸ばす。不敵に笑いながら、鉄みたいに硬くなっているそこを撫でる。

 やがて、ケイトさんが戻ってきた。マコトさんにアメリカンのブラックコーヒーを差し出しながら、どこか呆れたように告げる。

「そういうことがしたいなら、夜に来てちょうだい」

 マコトさんが僕の股間から手を離して、やれやれといった風に肩を竦めた。

「夜はビアンバーだろう」
「うちはGay(ゲイ)の入店を禁止した覚えはないわよ」
「なら、なおさら来られないな。他の客に取られてしまったら困る」
「若い男をとっかえひっかえして、あっちこっちで見せびらかしていた男の台詞とは思えないわね」
「本当の宝物は自分の中だけにしまっておきたくなるものなのさ。君は男性に興味がないから特別だ」
「あら。ワタシだって純くんなら、女の子みたいに抱けるけど?」

 ケイトさんがカウンターからずいと身を乗り出し、僕に思いきり顔を近づけた。宝石みたいな青色の瞳が僕の目の前に来る。僕は、ごくりと唾を飲んだ。

 白くて長いひとさし指が、僕の額をつんと押した。

「Jokeよ」


【次回につづく】