時間検察局が追うのは、タイム・トラベル能力を持つ連続殺人犯の女/“断続殺人事件”『5分間SF』③

文芸・カルチャー

2019/8/15

その名の通り、1話5分で読めるSFショートショート。思わずあっと驚く結末と、そしてじわりと心に余韻を残すお話が詰まっています。今回は収録されている16のお話のうち、3つを連載で紹介します。

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『5分間SF』(草上仁/早川書房)

断続殺人事件① ~時を遡って同じ相手を殺し続ける女。そう、何度も、何度も……。~①

 今度こそ。

 公園のベンチで、被害者を待ちながら、時間検察局のボウダ検事は思った。

 今度こそ、捕まえてやる。

 そうとも、あの女がまたやるのは、間違いない。

 女の名前は、ユリエ・オノという。ここ一年、というか、ここ二十年、というか、マスコミを騒がせ続けている連続殺人犯だ。すでに三回も犯行を重ね、その度に、司法の手を逃れている女。統計的に見て、連続殺人犯に女性はいないということだが、彼女だけは例外だった。性的に問題を抱えた連続殺人犯とは、わけが違うのだ。

 彼女は、またやる。何しろ、あの台詞が、彼女を有名にしたのだから。

「何度も何度も殺してやる」

 次の犯行に備えて、時間検察局はずっとこの時間区を監視していた。今度はユリエも、二十年も間をおかないはずだ。そんなに遡ったら、被害者は胎児になってしまう。

 そして案の定、彼女の姿が目撃された。二〇三五年の七月に。ついさっき、と言うべきか、最初の起訴から二十一年前と言うべきか。

 被害者のほうは、今、この公園に入ってくるところだ。まだ十九歳。大学受験に失敗し、ガールフレンドと別れたばかりの、まだ無垢な青年。犯罪に手を染め、女を食い物にしはじめる前の、多感で不安定な年頃。何の罪もない若者だ。少なくとも、今のところは。

 ユリエは、少し遅れて入ってくる。被害者に、理不尽な恨みを抱いて。食い物にされ、裏切られ、売られた恨みだ。しかし、シンジ・キクチが恨みを買うようなことをするのは、これから二十年も先のこと。

 ボウダ検事がつけているイヤホンが、ピーッと鳴った。公園の外に配置された監視員が、緊迫した声で告げる。

「ユリエが、そちらに向かいます」

 検事は、口をほとんど動かさずに、言った。

「何か持っているか?」

「週刊誌を小脇に抱えてます」

「今度は何だろう。刃物かな?」

「ここからではわかりません。注意してください」

「了解。今、被害者が見えた」

 シンジ・キクチは、地面に視線を落として歩いている。よれよれのジーンズ、肩のところに穴のあいたデニムのジャケット。どうしていいかわからないような、悄然とした態度だ。ボウダ検事は、自分が学生だった頃のことを思い出した。若者が、世間に対して示す態度は、二つに一つしかない。昂然としているか、悄然としているか。中間が存在しないのが、若さの特権ってことか。

 ボウダ検事は、ベンチの背にだらりと腕を伸ばしたまま、立ち上がろうともしなかった。汗と尿の匂いがする泥だらけのズボン。油じみた髪、胸に抱えたワンカップの容器。穴のあいた靴。膝の間には、ビニールコーティングを施した百貨店のショッピングバッグ。たぶん、風景に溶け込んでいるだろう。

 被害者が、自分には目もくれずに、ベンチの正面を歩きすぎることは、わかっていた。

 この時間域は、見飽きるほど繰り返して再生したビデオテープのようなものだ。シンジ・キクチは、ホームレスが座っているベンチの前をぶらぶらと通り過ぎ、一瞬、足許で何かついばんでいるハトに目をやる。それから、自動販売機で、コーラを一本買う。高速道路を見下ろす展望台で、ベンチに座り、コーラを飲み干す。立ち上がって、缶をくずかごに捨てる。それから、またベンチの前を通って、歩み去る。

 この間、およそ十分。

 誰も介入しなければ、今日もそうなるはずだ。

 ユリエが介入しなければ。

 そのユリエの姿が、今、見えた。被害者のすぐ後ろを歩いている。監視員が言った通り、雑誌のようなものを、左の脇の下に抱えている。バッグは持っていない。身につけているのは、シンプルなブルーのワンピースで、彼女のスリムな身体の線を引き立たせている。あの服は、殺人の凶器を隠せるようなものではない。凶器がカミソリか何かだというなら、話は別だが。

 ボウダ検事はまだ動かなかった。彼女は、何もしていない。彼女が何度も殺人を犯したことは紛れもない事実だが、法律的には潔白だ。検察局は、ずっと裏をかかれている。パニックにかられて、今回の作戦を台無しにするわけにはいかない。

 殺人未遂の現行犯逮捕。それが、望みうる最高の結果だ。

 実際に、被害者が殺されるまで待つことはできない。そんなことをしたら、検察局は、マスコミの総攻撃にさらされることになる。たとえ、被害者が一年足らず先に、殺されることがわかっていたとしても。

 ユリエが、被害者の青年に声をかけたので、ボウダ検事は全身を緊張させた。ここからでは、何を言っているのか聞き取れない。被害者は、ユリエのほうを振り返った。ユリエは持っていた雑誌を広げて、被害者に渡した。

 ボウダ検事はワンカップを放り出すと、立ち上がって歩き出した。もう、成りゆきを見守っているわけにはいかない。

 もし、雑誌のページの間に拳銃でも隠してあったとしたら、一瞬でカタがついてしまうだろう。

 しかし、ユリエは拳銃を構えてはいなかった。しきりに雑誌のページを指し示して、何事か説明している。被害者は、戸惑ったように何度か首を振った。

 ボウダ検事の足どりが緩んだ。ユリエは、相手に危害を加えようとしているようには見えない。いったい、何をやっているのか。

 ようやく声の聞こえる距離まで近づいた時、ユリエは、手を振って、被害者から離れるところだった。シンジ・キクチは、雑誌を両手で持ったまま、呆然と立ち尽くしている。

 まっすぐに歩いてきたホームレスと、ブルーのワンピースの女との視線が絡み合った。

 ユリエ・オノは、尖った犬歯をむき出しにして、にやりと検事に笑いかけた。

 二〇五六年の夏。午後五時。

 アスファルトの舗道から、ビルの壁面から、熱気が渦を巻いて、行き交う人々を包み込んでいる。

 タイム・トラベラーのユリエ・オノは、オオサカ集合庁舎前の交差点に立ち、恋人のシンジ・キクチに向かって言った。

「ずいぶん、好きに利用してくれたのね。さんざん貢がせた挙げ句、他に女を作った。おまけに、最後は時間検察局にたれこむつもりなんでしょ」

 歩行者用信号は、まだ青だった。交差点の真ん中で立ち止まったシンジ・キクチは、金の時計に忙しげに目をやった。ユリエの金で買った時計だ。ユリエにとって、株や競馬で儲けるのは、造作もないことだった。あらかじめ、結果がわかっているのだから。だがもちろん、それは違法行為だ。普通の人間より、タイム・トラベラー自身の罪のほうが重い。だからこそ、検察局との取引材料になる。

「どうかな」

 シンジ・キクチは、へらへらと笑った。

「まあ、そうかも知れんな。だったら、どうするつもりだ?」

「あんたを殺してやる」

 と、ユリエ・オノは答えた。

「何度も、何度も」

 彼女は、グッチのバッグの中から、二十二口径の拳銃を引っぱり出し、衆人環視の中で、もと恋人の眉間を撃った。パンという、風船を割るような音。シンジ・キクチは、仰向けに倒れて、事切れた。

 二分と経たないうちに、三台のパトカーが到着した。

 ユリエ・オノは、おとなしく、身柄を拘束された。

 目撃者は十五人いた。動機も判明していた。凶器の入手方法も特定された。立件が難しい事件ではないはずだった。検察も、加害者には同情的だった。ユリエ・オノは、金銭的にも、肉体的にも、精神的にも、恋人のシンジ・キクチに虐待されていたのだ。

 しかし、裁判官が、逃亡の恐れなしとして保釈を認めたのが、間違いの始まりだった。

 検察官と裁判官が失念していたのは、彼女が珍しい能力を持っていることだった。ユリエ・オノは、裁判所を出た足で、二〇五五年の冬にタイムトラベルした。ニシコクブの駅前で、エイビスのレンタカーを借りた彼女は、国道沿いで待ち伏せをかけ、シンジ・キクチをひき殺した。

<第4回に続く>