結婚生活がスタート! 相性が悪いとここまで息が詰まるとは/『後宮妃の管理人』③

文芸・カルチャー

2019/12/15

勅旨により急遽結婚と後宮仕えが決定した大手商家の娘・優蘭。お相手は年下の右丞相で美丈夫とくれば、嫁き遅れとしては申し訳なさしかない。しかし後宮で待ち受けていた美女が一言――「あなたの夫です」って!? 後宮を守る相棒は、美しき(女装)夫――? 12月13日には最新2巻が発売!

『後宮妃の管理人 ~寵臣夫婦は試される~』(しきみ彰:著、Izumi:イラスト/KADOKAWA)

 結婚生活を始めてから、一週間経つ。

 その間、優蘭は割と気まずい思いをしながら後宮入りのための準備に追われていた。

 広い屋敷に、自身のことをちゃんと嫁として見てくれる使用人、美味しい食事やお菓子、そして豊富な資料の数々。それらが揃っているのになぜこんなにも気まずい思いをしているのか。

 それは、皓月との関係がうまくいっていないからだ。

 結婚生活、舐めてかかってたわ……。

 利益が見込めるからと、軽い気持ちで結婚したのが仇となっている気がする。共同生活を送る相手と相性が悪いと、ここまで息が詰まるとは思わなかった。

 今日も顔を合わせるのは、朝餉と夕餉のときのみ。食事中は会話がなく、関係は全く進展していなかった。

 別に冷遇されているというわけではない。むしろ皓月は、顔合わせのとき同様ずっと敬語を使い恐ろしいほど丁寧な扱いをしてくれていた。

 部屋もしっかり与えられて、しかも寝室まで個別。夫婦同室が基本とされているこの国で、その対応はとてもありがたかった。向こうも気まずかったのかもしれないが。

 だが、優蘭に対する優遇はそれだけではない。着るものから装飾品まで、全て珀家が負担してくれているのだ。

 しかし正直言うと、その態度が優蘭を余計に混乱させていた。

 机の上に置かれた資料の山に埋もれつつ、優蘭はぐったりと突っ伏す。

「ほんと、わけ分かんないわ……陛下の命令だからって、ここまでやるものなの? 珀家に得、あるの? 玉家だって別にお金がないわけじゃないし。ある程度は出せって言ってくるかと思ったのに、それもないし……」

 誰もいないのをいいことに、優蘭はぶつぶつと呟く。侍女がお茶を替えるために少しだけ席を外しているこの時間が、優蘭にとっての息抜きだ。

 ほんとおかしいのよね。皓月様は不満とかないわけ?

 それは皓月だけじゃなく、使用人にも言いたかった。

 使用人たちは皆、優蘭を皓月の妻として扱ってくれる。しかし、それが優蘭としては気持ち悪いのだ。

 だって普通に考えたらおかしいじゃない。自分のところの後継者が家格もないところの娘、しかも嫁き遅れと結婚してるのよ? 陰でこそこそ不満の一つや二つ、言ってて当然でしょ。

 なのに、どうやらそれもない。全員どことなく好意的だ。優蘭にはそれが恐ろしく思えた。

 只より高いものはないのだ。優蘭の中の常識が「それはおかしい」と、声高に叫んでいる。

「……まあ、いっか。時間もないのだから、今は資料を読み込まないと」

 自分との無駄な対話を適当に諦めて、優蘭は巻物や書物を開く。それらは全て、後宮で過ごす妃嬪たちの情報が書き連ねられた資料だ。

 この資料、一人ならともかく何百人分とある。三週間後には後宮入りするのに読んでも読んでも資料が減らず、優蘭はげんなりした。

「なんでこんなに妃嬪が多いの、後宮……しかも資料によると、妃嬪以外の女官、下女、宦官を含めるともっと多いらしいし……」

 あまりの多さに悪態を吐く。会ったことはないが、無理難題を押し付けてきた皇帝に対して苛立ちを覚えずにはいられない。

 夫婦生活も上手くいかないし、仕事も思い通りに進まない。

 というより私たち、夫婦である必要あったのかしら……ああ、これも全部皇帝が悪い。

 二重の負荷を上手く解消できないことを、もどかしく思っていたときだ。

 コンコンコン。

 扉が控えめに鳴らされた。

 侍女かな、と思った優蘭は特に何も考えないまま「どうぞー」と入室許可を出す。

「……失礼します」

 だが予想に反して、聞こえてきた声は男のものだった。優蘭は思わず顔を上げる。

 入ってきたのはなんと、皓月だった。

 反射的に立ち上がろうとして、ガッと膝を机にぶつける。

 それでも根性で立ち上がり頭を下げたら、微妙な顔をされた。

「……大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「そ、そうですか……なら良いのですが……」

 本当はすごく痛いが、それどころではない。

 さっきの独り言、聞こえてないわよね?

 壁は割と厚いので、外には漏れていないはずだ。そう信じたい。

 幸い皓月はそこには触れず、優蘭に巻物を手渡してきた。

「夜分にすみません。ですがこちらを渡しておこうと思いまして」

「はい。こちらは……?」

「約束のものです」

 優蘭は数回目を瞬いてから、慌てて巻物を開く。そこにはつい先日見かけた紫色の紙が巻かれていた。

『詔令文書

 玉優蘭改め、珀優蘭に通行証明書を発行し、後宮入りと同時に与える。

 役目をしっかり果たすように』

 相変わらずというべきか。文章から滲み出る横柄な態度が鼻につく。

 だが、玉璽がしっかり押されている。通行証明書の部分もしっかり書いてあるし、これは十分な証拠になる代物だ。優蘭の気分は高揚した。

 飛び上がりたい気持ちを我慢しつつ、皓月に深々と頭を下げる。

「ありがとうございます、皓月様」

「いいえ、約束しましたから。それに陛下も、玉商会が新天地で得た知識が後宮に伝われば、内部がさらに良くなるとお考えになられています。こちらにも十二分に利があることです」

 真面目、すごく真面目!

 当初の印象と何一つとして変わらないが、こうして実際に証明できたことが何より嬉しい。少なくとも皓月は、雇用主より信頼できそうだ。

 にこにこ上機嫌で笑っていると、皓月が数回口を開閉させる。何か言いたげだ。

「どうかなさいましたか?」

 首を傾げ問いかけてみたが、皓月は「なんでもないです」と言い残し踵を返した。

「おやすみなさい、優蘭さん」

「はい。おやすみなさいませ、皓月様」

「仕事熱心なのは大変結構ですが、あまり無理なさらないでくださいね。……徹夜は、体に良くありませんから」

 返事をする間もないまま、皓月はその場から立ち去る。まるで逃げるようだった。

 巻物を抱えたまま、優蘭はぽかーんと間抜けな顔をする。

「……夜遅くまで灯りをつけて仕事してたの、知られてたのね。意外」

 せっかくなので皓月の言葉に甘えようと、優蘭は早く眠ることにした。

 それから準備を進めていたら、あっという間に三週間が経ち。

 とうとう、初出勤日の朝を迎えたのだ。

<第4回に続く>