敵派閥の真っ只中に放り込まれた優蘭。自分よりも女らしい夫と帰宅の途に…/『後宮妃の管理人』⑧

文芸・カルチャー

2019/12/20

勅旨により急遽結婚と後宮仕えが決定した大手商家の娘・優蘭。お相手は年下の右丞相で美丈夫とくれば、嫁き遅れとしては申し訳なさしかない。しかし後宮で待ち受けていた美女が一言――「あなたの夫です」って!? 後宮を守る相棒は、美しき(女装)夫――? 12月13日には最新2巻が発売!

『後宮妃の管理人 ~寵臣夫婦は試される~』(しきみ彰:著、Izumi:イラスト/KADOKAWA)

 少し冷めてしまったが、後宮の料理はなかなか美味しかった。内食司の女官長がこだわっているのだろう。

 本来ならば女官用の食堂で食べるらしいが、皓月が機転を利かせ昼餉を情報共有の場にしてくれたらしい。皓月がいないときは、別の女官が食事を届けてくれるそうだ。

 全てを綺麗に平らげた優蘭は、皿をてきぱき片付けお茶を淹れる準備をしている皓月を見て不思議な気持ちになった。

 貴族の嫡男とは思えないほど、手慣れてるわ……。

 動作によどみがないので、何度もやっているのだろう。

 かくいう優蘭は、そういう作業が得意ではないので母か弟に丸投げしていた。そういうのは得意な人がやれば良いと思うのだ。だからやらなくなったのは決して、お茶を淹れるたびにまずいまずいと言われたからではない。

 普通に淹れてるはずなのに、なんでか恐ろしいほど渋くなるのよね……。

 今まで飲んだ人は皆、口を揃えて「渋柿のようだ」と言う。

 見た目は普通ということもあって、実家では時々悪戯目的で混ぜていた。そのせいで茶器に触ることさえ禁じられたのは、かなり前の話だ。

 部屋にあった茶葉は緑茶だった。皓月は茶器を全て温めると、茶葉をふんだんに入れた茶壺に湯を注ぎ、茶杯に注ぎ入れる。

 その動作があまりにも綺麗で、優蘭は演舞を見ている気分になった。

「お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

 手のひらに収まる程度の茶杯を両手で持ち、優蘭はそっと口をつける。緑茶の爽やかな香りが、鼻腔をすうっと抜けていった。

 ああ、渋みよりも甘みが引き出されてて、すごく美味しい。

「とても美味しいです。私、緑茶が一番好きなのです」

「……そうですか。それは良かった……」

「こ……じゃなかった。麗月様は、お茶を淹れるのが上手ですね。羨ましい限りです」

「……その点、気持ち悪いと感じたりはしませんか?」

「うーん……しませんね。それとも私が淹れます? まずいと評判のお茶になりますよ?」

「そ、それなら良かったです……これからもわたしが淹れますね」

 さりげなく、まずい茶を飲むことを回避された。優蘭としても、茶葉を無駄にはしたくないのでそうしてもらいたい。

 一服入れたところで、優蘭は皓月が先ほど書いた紙を卓の真ん中に置いた。

「それで麗月様。この図のことなのですが」

「はい、なんでしょう?」

「残り三つある他の部署は、全員中立派なのですか?」

「どっちつかず、という意味ではそうなのですが……ああ、そうです。忘れていました」

 皓月が筆を持ち、書き足す。革新派のところに『皇帝派宦官』と綴られた。

「内侍省は今回の一件により、派閥が大きく二つに分かれています。なので宦官を判断する際は、衣の色を見てください。薄紫色の衣は革新派、黄土色の衣は保守派です」

「色分けされてて分かりやすいですね。あ、ということは、私を初めに案内してくれたのは、革新派の人だったのですね」

「はい。革新派の宦官は、皆陛下を慕っておいでです。なので困ったことがありましたら、そちらか内食司女官長を頼ってください」

「分かりました。……あ、そう言えば」

 そこで、優蘭の頭に今朝会った韋尚書の姿が浮かぶ。

「韋尚書は、保守派なのですか?」

「……そう思った理由を聞かせていただいても?」

「皓月様に対して妙に突っかかった言い方をしていましたし、私のことを馬鹿にしているようでしたので。……保守派というより既得権益が好きそうな方に見えたので、中立派かもしれませんが」

 すると、皓月は曖昧に微笑む。

「陛下の側近は、大体革新派ですね。その一方で六部尚書方は、三つの派閥の人間が二人ずついます。革新派なのは礼部、工部。保守派なのは吏部、兵部。中立派なのは、戸部、刑部です。なので優蘭さんの言う通り、韋尚書は保守派ですね」

「なるほど。かなり均衡のとれた配置なのですね」

「はい。今は、下手に動かす時ではないと、陛下は考えておいでですので」

 それだけ言い終えると、皓月は満足したのか皿を盆に載せた。

「そろそろ怪しまれますので、わたしは戻りますね。優蘭さんはこれからどうしますか?」

「後宮内を散策してみようと思います」

「……危ないところもありますから、くれぐれも近寄らないようにしてくださいね?」

「はいはい、分かってますよ」

 皓月に胡乱な目で見られてしまった。だが彼は何も言わず、盆を持って扉の前に行く。

 皓月は最後に振り返った。

「ああ、そうです。本日わたしも共に馬車で帰りますので、遅れた場合は待っていていただけますか?」

「あ、はい」

「お願いします。……それでは、失礼します」

 ぱたん。

 扉が閉まるのを見届けた優蘭は、ふと疑問が浮かびうん? と首をひねった。

「……共に帰るって……どっちの姿で?」

 疑問は膨らむばかりだ。

 その後道に迷いつつ散策をしたが、そのことで頭がいっぱいだった。そのせいか、描いていた見取り図がぐにゃぐにゃになってしまった。

 その疑問が解消されたのは、帰宅時だ。彼は橙色の女官服を着て、こそこそ姿を現した。

 あ、女装姿のままなのね……自分より女らしい夫がとなりに座ってるとか……複雑だわ。

 ――そんなぐだぐだな感じで、優蘭の勤務初日は幕を閉じたのだった。

続きは本書でお楽しみください。