【宇垣美里・愛しのショコラ】ホットチョコレートで献杯を/第10回

小説・エッセイ

公開日:2020/11/6

 仕事をしている時は気丈に振舞えても、家に帰るとぼーっとして、生きるために何かを食べるということすら億劫で。するすると体重が落ちていく中、コンビニで期間限定のラムレーズンチョコレートが並んでいるのを目にし、ああ彼女これ好きだったな、教えてあげなくちゃ、と買って帰った。もう食べることなどないのだと思い出した瞬間、胸がぐちゃぐちゃになった。失った悲しみは失った瞬間よりも、むしろ何気ない生活の中に潜んでいるように思う。せめて献杯でもしようかと重い腰を上げて作ったホットチョコレートが、美味しくて、温かくて。私はようやくそこで涙を流すことができた。

 マグカップになみなみと、零れそうなくらいにたっぷり注ぐのが好きな人だった。高知の方言でそのように表面張力いっぱいに注ぐことを「まけまけいっぱい」というのだそう。お酒みたいにおっとっとと……と言いながら飲んで、ちょっと舌を火傷する、そこまでがお決まりの流れ。おじさんみたいだよ、とたしなめるとへへっと照れ笑いするところが、可愛かった。眼鏡を湯気で曇らせながら、幸せそうに遠くを見つめるあの姿、あの眼差しごと標本にできたらよかったのに。全てが昔話になった今、その声や笑顔を思い出すのにかかる時間がちょっとずつ、でも確実に延びていく。

 確かなのは、このホットチョコレートの甘さだけ。
 大切な人の欠けた世界を生きていくということ。それはまるで体のどこかにぽっかり穴が開いたまま生き続けなきゃならない地獄のようだ。きっと私はこれからずっとどこか足りなくて、どこかが痛い。ならばせめて、二度と埋まりはしないその穴に、たっぷりのホットチョコレートを注ごう。

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宇垣美里・愛しのショコラ

 マグカップのふちギリギリまで注いだミルクに、手で細かく砕いたラムレーズンチョコレートを沈め、吹きこぼれないギリギリまで電子レンジで温める。テーブルまで運ぶまでにこぼしそうで慌てて口をつけたら、少し火傷をしてしまった。はは、バカだねえ。でも、甘くて美味しいね。私はもう少し頑張るけれど、いずれ貴方の年を超えるだろうけど、どうかそっちで待っててね。例えこの地にいなくても、いつだって貴方に救われ生きている。大好きだったよ。それがすべてだ。

【筆者プロフィール】
宇垣美里(うがき・みさと)
兵庫県出身。2019年3月にTBSテレビを退社し、4月からフリーのアナウンサーとして活躍中。チョコレートのほか、無類の旅好き、コスメ好きとしても知られる。週刊誌、WEBサイトでコラムやエッセイなど多数連載中。20年11月18日に自身初の美容本「宇垣美里のコスメ愛 BEAUTY BOOK」を発売。

撮影=中村和孝(まきうらオフィス)/ヘアメイク=AYA(LA DONNA)/スタイリスト=小川未久(宇垣さん衣装)、片野坂圭子(雑貨)/編集協力=千葉由知(ribelo visualworks)

衣装協力=ココシュニック(アクセサリー/https://store.world.co.jp/s/brand/cocoshnik/)/その他、スタイリスト私物